目には目を、歯には歯を | ナノ
――バシャッ
そんな音と共に、私は濡れた。雨が降ってきたわけではないし、私の場所にだけ集中豪雨があったわけじゃない。スッと上の方を見れば、2階の窓にあの女がバケツを持って立っていた。
“ざまあみろ”
はっきりとそう口だけを動かして、笑みを作りながらあの女・・・笹部香織はどこかへ消えた。幸いな事があったとすれば、荻野先輩と私のお弁当が少し離れた木陰に置いていたということだけだろう。何が楽しくてずぶ濡れにならないといけないんだ。
「あーあ、まじ死ねよ」
ゆっくりと起き上がる。水に濡れて張り付く制服が鬱陶しい。ホント、何してくれてんだ。笹部香織って何組だったっけ?
「あ、荻野先輩に聞こう」
防水の携帯をポケットから取り出して新規メールを立ち上げる。
「笹部香織って何組ですか、っと」
現在は授業中だけど、大丈夫だろう。3年のクラスがある階まで上って、トイレでバケツに水を汲み入れる。さて、どうしようかと考えた時に携帯が震える。
「ふーん、B組か」
運よく近い方のトイレでよかった。廊下に水が滴るのも気にせずに歩く。B組の札が見えたから、後ろの扉の方へ行く。前からだったら教師が煩いし。あ、後ろからでも煩いかな。
「失礼しまーす」
「!な、なんだね君は・・・」
ガラリと遠慮もなしに扉を開ければ、教師が目を見開いている。が、そんな事気にしてる場合じゃない。ぐるりと教室の中を見回して、見つけた。私に怯えたフリをする笹部香織。
「わあ、丁度良い席ですね」
窓側の一番後ろ。ニコリと笑顔を作りながら、手に持っていたバケツの水をかける。
「キャアッ!」
「香織!大丈夫かよぃ!」
「ブン太ぁ・・・」
目の前でなにやら茶番が始まったが、私には関係ない。バケツを笹部香織の横に放り投げてから、教室を後にしようとした。
「ちょっと君!いきなり何なんだね!」
「・・・何って、なにも?」
「笹部君に水を掛けといて何もじゃないだろう!授業妨害も良い所だ!」
どうやらこの教師は頭が固いらしい。いや、これが普通の反応なのだろうか。それにしても耳元でギャンギャン騒がれるのは好きじゃないんだけどなぁ。
「聞いているのかね!」
「あー、はいはい聞いてますよ。ていうか、最初に水かけてきたのはアイツだし」
「・・・何?」
「だから、」
「香織がそんな事するはずないじゃろ」
「そうだぜぃ!テメェふざけんなよぃ!」
「雅治ぅ、ブン太ぁ・・・わ、わたしっ」
泣き真似をする笹部香織に、二人の男子が慰めに向かう。そんなの嘘に決まってるのに、なんで気づかないんだか。教師の注意も私から反れたから、気づかれないように教室を後にした。
「ざまあみろ」
そう呟いた声は騒がしいB組からの音でかき消された。