目には目を、歯には歯を | ナノ
行く宛てもなかったので、鞄からヘッドフォンを取り出し音楽を聴く。音量は通常よりも大きめに。そうでもしないとイライラが取れないから。
廊下を歩いていれば恐らく教師に何か言われるのは目に見えている。だから気分転換も兼ねて屋上にでも行こうとした。それが、間違いだったのかもしれない。
授業をサボる奴なんて滅多に居ないだろうと思いながら階段を上がり、あと一歩というところで下を向いていた視界に誰かの足が見える。
「?」
その足を辿るように顔を上げようとしたところで、私の頭を勢いよく後ろへ押された。咄嗟の事で何も出来ず、ただ落ちていく私の視界に入ったのは笹部香織の気持ち悪い笑みだった。
床に強く打ち付けられる背中と後頭部。その衝撃でヘッドフォンは外れ、少し煩い音が鳴り響いている。
「ふふっ、私のことをバカにするからいけないのよ」
にっこりと笑った女は、何事もなかったかのように階段を下りてきて、私の横を素通りして行った。あれだ、もうなんかメンドクサイから寝よう。仰向けの状態のまま、私は目を閉じた。
1時間目の授業終了のチャイムが鳴り、数学の時間が終わった。
「あー、次の時間までに問い6まで宿題な」
時間内に終わらなかった分が宿題で出され、ブーイングをする男子も居るがスルーされた。まあそんなもんだろう。
「・・・休み時間内に終わらせるかな」
6問くらいなら10分もあれば余裕だろうと考えて、教科書とノートを閉じずにシャーペンを走らせる。1問目が終わり2問目に取り掛かろうとした。
「荻野!」
クラスでも普通に話をする男子が、慌てた様子で俺の元まで走ってきた。珍しいなと思いながらも、どうしたんだ、と聞けば返ってきたのは思いもよらない言葉だった。
「っ、お前に良く懐いてた後輩居るだろ!」
「ああ、日和のことか?」
「そいつが、屋上の階段前で倒れてる!」
「・・・は?」
「っ、血ぃ流して倒れてんだよ!」
そんなはずがあるわけがない、だって日和はあの臨也さんの妹なんだから。でも、目の前の友人を見る限りそれが嘘だとも思えなくて。気がつけば教室を飛び出て、屋上の方へ走っていた。そこにはたくさんの人で埋め尽くされていて、無理矢理前に進めば唐突に人が居なくなる。そして目に入ってきたのは、
「っ、日和!」
頭から血を流して目を閉じている日和の姿だった。口元に手を近づければ呼吸している事がわかった。
「荻野!何をしている!退きなさい!」
「・・・・・・せぇ、」
「早く退きなさい!」
「、うるせぇって言ってんだよ」
「なっ、」
生徒を退かして現れた教師は顔を真っ赤にして怒るが、それどころではないのだ。ポケットから携帯を取り出し、電話をかける。教師が何かを言っているがこの際無視だ無視。数回のコールのあとに、少し懐かしい声が聞こえた。
「やあ荻野クン!君から電話をするなんて久しぶりだね」
「・・・新羅さん、お久しぶりです。あの、日和が階段から落ちて、それで、」
「日和が階段から?怪我でもしたのかい?」
「っ、」
「わかった。すぐにセルティを行かせるよ」
「、ありがとうございます」
通話はすぐに切れ、携帯をしまう。きっとセルティさんのことだから、何分と経たない内に来るだろう。ゆっくりと振動を与えないように日和を抱き上げれば、教師から怒声が飛ぶがお構いなしに階段を下りた。