再海 | ナノ
暗い船内の廊下を歩いて、とある扉の前まで来た。いつもより少しだけ速くなった心拍数を正常値へ戻そうと息を吸ったり吐いたり。数回繰り返しても一度速くなった心拍数はなかなか戻らなくて、仕方なしに扉を叩いた。
38:遠い過去の約束を果たしましょう
扉を叩いてから数秒が経つものの何も聞こえない。もう一度コンコンと扉を叩けば、誰だ、という返事が返ってきた。
「・・・サラです」
「なんか用か?」
「エースさんに、お話があって来ました」
「・・・悪ィが今はそんな気分じゃねェんだ」
何を言っても話を聞いてくれそうにもないから、強行突破しようとノブに手をかけて回そうとするものの、ご丁寧に鍵がかけてある。どうしたものかと考えていたら、丁度足元に針金が落ちていた。ガチャガチャと音が鳴るのも構わずに鍵穴に針金を突っ込んで弄っていたら案外あっさりと鍵は開いて、私はゆっくりと扉を開く。
「勝手に入って来んなよ・・・!」
「・・・私、明日にでも船を降りてレイさんに会いに行くつもりです。だから、どうしても話しておきたいことがあるんです」
「・・・」
沈黙は肯定と取るべきか、否定と取るべきか。まあたとえエースさんが聞きたくないと言っても一方的に話すんですけど。ベッドに腰掛けているエースさんの隣に勝手に座り、天井を見ながら話しを進める。
「実は“海賊王”が処刑されたあとも、少しだけこの世界に居たんです。南の海、バテリラに」
「・・・!」
「今更、エースさんの親は誰だなんて言いません」
ちらりと横目でエースさんを見れば辛そうに顔を歪める姿が。あぁ、違うのに。そんな顔させたいんじゃなくて、ただ今までのように笑っていてほしいのに。
ゆっくりとベッドから立ち上がれば、ギシリと音が鳴る。エースさんの前に移動して、抱き締めた。
「二人は本当に、エースさんを愛してましたよ」
「っ、」
「私も、親父さんも、みんなみんな、エースさんの事が大好きです。生まれてきてくれて、ありがとうございます」
「・・・おれは、」
優しく頭を撫でれば何も言わなくなったエースさん。それでもずっと頭や背中をあやす様に撫でていたら、不意にエースさんの腕が上がって、私の腰に巻きつく。いつもは頼もしい筈のその腕は微かに震えていて、私は何も言わずに、もう一度ぎゅっとエースさんを抱き締めた。
「・・・情けねェよな、おれ」
「そんな事ないですよ」
「・・・ありがとな、サラ」
「お礼を言われるようなことはしてませんけど・・・お礼ならエースさんの笑顔がほしいです」
「!ははっ、変な奴」
その時のエースさんの笑顔は、どこか吹っ切れたような顔をしていた。
「なァサラ、」「ねぇ、サラちゃん」
「なんですか?」
「「いつか、成長したおれ(私)たちの子に会うことがあれば、代わりに抱き締めてやってくれ(あげてね)」」