逃走少女 | ナノ
ゆっくりと脳が覚醒していって、おれにしては早く起きたなと一人感動した。
結局昨日は、宿で一晩過ごした。カリンはおれが受付で後ろに立っていたはずのカリンを振り返った時には既に誰も居なかった。一言くらい言ってもいいだろうと思ったが、そう言いたい相手が居ないんじゃ仕方がない。一人分の宿を取って、それからすぐに寝た。
「さてと・・・」
荷物という荷物はなく、そのまま宿を出た時だった。
「おはよう、火拳くん!早起きなんだね」
「・・・、カリン?」
「ありゃ、一日で人の事忘れるのか」
「違っ、忘れるわけねェだろ!・・・おはよ」
「あはは、それくらい分かってるよう」
宿を出て今日一日はどう過ごすかなァなんて考えながら一歩踏み出した時、入り口の横にカリンが座っていた。驚きはしたものの、おれが昨日この宿に泊まるのを見てたわけだし特に不思議はないだろう。「よっ」と掛け声をかけながら立ち上がったカリンは、相変わらず小さくて思わず笑う。それが気に障ったのか、怒ってくるものの迫力がない(だっていつもマルコに怒られてるし)。軽く叩くように頭を撫でてやればさっきまでの怒りは何処へいったのか、にこにこと笑い出す。
「火拳くん、今日は暇かな?」
「まあ・・・暇だな」
「おっし、じゃあ私と遊べ!」
「なんで命令形なんだよ」
「そうと決まれば、私あそこ行ってみたい」
カリンが指を指した方向は、市場。おれが了承を出す前に早く早くと腕を引かれて市場の方へ歩いていけば、途中仲間に会ったりもしたがちょっとだけ睨んで、話しかけてこないようにしていた。だって、カリンと喋っていたかったから。市場につけば目を輝かせながら周りを見渡すカリンが、凄く子供のように思えてしまう。
「あ、あれ食べてみたいです!」
「・・・マジでか?」
「マジです」
ビシッと指したのは毒々しい色をした果物?だった。しかしそれを買っていく人も居るわけだから、食べれるんだろうが・・・はっきり言うと嫌だ。もっと美味しそうなものならたくさんあるのに、なんでこれなんだよ。何も言わないで立ち止まっているとカリンが首を傾げておれを見ている。
「ダメですか?」
「いや、そういうわけじゃ・・・」
「じゃあ買いましょう!おばちゃん、これ二つ!」
「毎度っ」
「はい、火拳くん」
手渡されたそれをじっと見ていたら、隣でカリンがためらいもなくそれを口に含んだ。何回か咀嚼してから嚥下して、俯いた。それほど不味かったのかと思った瞬間、勢いよく頭が上がってそれはもう幸せそうな顔をしている。
「なにこれ、すっごく美味しい!」
それだけ言うとまた一心不乱に食べ始めたのを見て、おれも少しだけかじってみた。その途端に口内に広がる程よい甘味と酸味。「うめェ・・・」と自分でも知らぬ間に呟いていた。
あの後、また果物を買って歩きながら二人で食べた。市場を見て、町で適当な店に入ったりして、気が付けば日が暮れようとしている。今度カリンが行きたいと言った場所は、砂浜だった。
「おぉ!夕方の海って綺麗!」
「そうだなァ・・・」
キラキラと夕日が海に反射して輝いている。いつも見慣れてるはずなのに、今日だけは何か特別なものを見てるような感覚だった。
「火拳くん、今日はありがとね」
「なにがだ?」
「私のわがままに付き合ってくれて」
「別に構わねェよ。おれも暇だったんだし」
「へへ、火拳くんは優しいね。そんじゃ、またね!」
「え、あっ、おい!」
気が付けば隣で喋っていたカリンは手を振りながら町の方へ走っていた。また明日も会えるかななんて、思ってみる。
逃走少女、我儘