拍手お礼 | ナノ
朝目が覚めると、苗字さんはいつも窓の外から空を見ている。夜のように暗い方の空を。そして俺が起きたのに気が付けば、笑っておはようと言ってくれる。今日もほら、
「おはよう、幸村くん」
「おはよう、苗字さん」
この小屋には部屋が一つしかないから、今までの人たちもここで寝てたらしい。それを聞いた時には、もう少し危機感を持った方がいいんじゃないのかなって思ったけど、苗字さんにはなぜか“泣いてほしくない”と無意識に考えてしまう。
今日もまた、この不思議な空間で生活して、明日もまた、ここで目が覚めるのだろう。抜け出す事も頼る人も居ないこの空間に、苗字さんは何年居たんだろう。
「山の中でも探検してみる?」
「え?」
「あ、熊とか、危険な動物は居ないからね?」
「・・・そうだね。苗字さんと一緒に行きたいな」
「私と?」
「ダメかな?」
「ううん、行くよ」
何も持たずに、小屋を出た。あまり遠くへ行くわけでもないので、大丈夫だろう。朝の方角と夜の方角。お互い相談するわけでもなく、朝の方角へ歩き出した。夜の方角には闇しか見えないから。雑草を踏みしめながら進めば、少しだけ開けた崖に出た。
「・・・私ね、ここからも試したの。でもダメだった」
試したと言うのは、ここから飛び下りたのか。崖の下を覗けば真っ白い霧に包まれ下が見えない。苗字さんはここから飛び下りる時、なにを思ったんだろう。
「そろそろ帰ろっか」
「・・・うん、そうだね」
「私ね、幸村くんと会えて嬉しいよ」
「どうして?」
「だって、同い年くらいの人と話したの、ずっと前のような気がするから」
「・・・それなら、俺がここに居る間はたくさん話そう。ずっと忘れられないくらい、たくさん話そう」
そう言うと、苗字さんは少し困ったように微笑んだ。
明日の方角