拍手お礼 | ナノ
ここに来て1日が経った、らしい。らしいというのも、この場所には朝と夜が、小屋の中心をはさんで存在している。朝の方角は太陽が眩しいのに対して、夜の方角は暗く仄かに明るい程度。どうしてこんな現象が起こっているのかなんて、ここに来た時点で考える事を止めた。
「苗字さん、水汲んできたよ」
「ありがとう」
苗字さんは何年も、ここに居るらしい。ずっとこんな場所で、たった一人で。
ここはとにかく不思議な事が多い。朝と夜で時間が止まっているし、寒くも暑くもない。快適と言えば快適なんだろうけど、どこか不気味なような気がしてならない。俺はちゃんと元の場所に帰れるのだろうか。もし、帰れるとしたら苗字さんも一緒に帰りたい。ずっと一人だなんて、辛くて悲しい筈だから。
「幸村くんは、ここに来る前ってなにしてたの?」
「そうだね・・・テニス、かな」
「テニス?」
「うん。全国制覇をするって、決めたんだ」
「へぇー、幸村くんってテニス上手いの?」
「まぁ、そこそこかな。苗字さんは?何かやってなかったの?」
「・・・わからない」
「え?」
「私がここに来る前、なにをしてたのか、覚えてないの。名前はね、たまに誰かに呼ばれてるような気がするから。・・・おかしいよね」
苦笑いをする苗字さんを見て、酷く胸が痛んだ。たった1日程度しか一緒に居ないのに、どこか惹かれる。どこに惹かれるのかなんてわからないけど、直感的に惹かれてる。
この変な世界で、苗字さんはなにを思うのだろうか。誰も居なくて、たった一人で、なにを考えるのだろうか。
「それにしても、久しぶりだなぁ」
「なにが?」
「人と話すの」
「・・・俺が来る前は、どんな人が居たの?」
「うーんとね、幸村くんの前は小さな女の子だったかな」
その前はおじいさんで、またその前はお姉さん。ここに来るのは、もしかしたら何か理由があるのじゃないかと思ったけど、聞いてもわからない。まあ、時間はあるわけだからゆっくり考える事にしようか。苗字さんとももっとお話したいしね。
彼方の夜明