拍手お礼 | ナノ
周りからは、逃げろ、なんて声が聞こえてくる。俺だって逃げたいのは山々だが、未だ視線が逸らせずにいる。もし逸らしてしまったら、コイツはどう行動する?俺に飛びついてくるのか、はたまた別の誰かの元へ行ってしまうのか。心拍数が今まで経験した事のないくらい早く脈打つ。どうしたらいい。考えろ、思考を停めるな。
「跡部ぇ!」
「何してんのや!はよう逃げるで!」
ジローの声と忍足の声が少し遠くの方から聞こえる。逃げる、どうやって?どこへ?神社にでも逃げ込めば良いのか?・・・わからない。こんな事が自分の身に降りかかるなんて考えた事もなかった。だって、俺にはいつも、名前が・・・名前?
そういえばコイツと出くわしてから名前の声が聞こえない。いつもはこんな緊急事態なら、名前はすっ飛んでくるのに。ツゥッと、頬に冷や汗が流れる。この化け物は動く気配はなく、ただジッと俺を見ているだけ。
「っ、跡部!何してんだよ!」
「おい、岳人!?」
チラリと視線の隅に映った赤に、意識を持っていかれ視線を逸らしてしまう。しまった、と気がついた時にはすでにそこに化け物の姿はなく、周りの木々がガサガサと激しく音を立てている。
「跡部!逃げるぞ!」
「チッ、わかってる」
向日の後を追えばそこにはレギュラー全員が集まっていた。こんな非日常を一体どうやって潜り抜ければいいんだろうか。誰かが、神は乗り越えられる試練しか与えない、と言っていたが俺たちにはこれはどう考えても乗り切れるとは思えない。
「跡部、どないするん?」
「俺様が知るかよ」
「あ!電話でもしますか?」
「長太郎、ナイスアイディアだぜ!」
「せやけど、どこに電話すんねん」
「あ・・・」
ずーん、と暗くなる雰囲気に反応したかのように、前方の草むらが激しく音を立てまたソイツが現れる。劈(つんざ)くような悲鳴がソイツから発せられたと思ったら、もの凄い形相でこちらへ向かってくる。
「っ!」
死、を感じた。俺たちにはどうしようも出来なくて、きっとコイツに殺されるんだ、って。腕が、足が、体が、震える。
「大丈夫だよ、景吾くん」
ふわり、と何かに包まれるかのような安心感。姿を確認しなくたってわかる。物心ついた時からずっと一緒に居たから。
「・・・名前、」
「護るよ、景吾くん」
俺を背に立ち塞がっている名前は一度だけこちらを振り返り、綺麗に笑った。