賽は投げられた | ナノ
ナンパを雪男くんに助けられ、少しだけ説教をされた。
「僕はこれから塾に向かいますが、ゆいさんも一緒に行きますか?」
「私はちょっと用事があるんだよね。塾も少し遅れるかも」
「・・・わかりました。あまり遅くなりすぎないようにお願いしますね」
「了解です!」
「それでは、また」
にこりと微笑んでから、雪男くんは颯爽と人通りの少ない方へ歩いて行ってしまった。私の背後から「あれ?奥村くんは?」なんて声が聞こえてくる。高校生活初日からモテまくりとは・・・雪男くんもなかなか侮れませんな。
「さてと、私は用事をちゃちゃっと済ませますかね」
今度はナンパなんてされないように人混みを縫って、使われていないような誰も居ないドアの鍵穴に鍵を差し込んだ。ガチャリ、とドアノブを回して中に入れば、正十字学園町の下町辺りが一望できるほどに高い橋の上に出る。
「うっは、たけぇー」
ここから足でも滑らしたら簡単に死ぬんじゃないかという高さだ。突風が来たら危ないんじゃないかと思うが、まあ大丈夫だろう。それよりも早く用事を済ませて塾に行かないと、またしても雪男くんからお説教をされるかもしれない。
橋が続いている場所は一箇所しかなくて、塔の天辺に生い茂る木々が特徴の、祓魔師専門の用品店。通称“祓魔屋”。まあいわゆる、うちのお得意様の一つだ。
「こんにちはー!」
「あら、こんなところに・・・どうやって来たんだい?」
「あ、申し遅れました。私、高村の者です」
「おやまぁ、高村さんところのお嬢さんかい。よく来たね」
「私も今年から正十字学園に通うもので・・・あ、今お届けものをお出ししますね」
パンッと両手の平を合わせてから離すと、手の平に書いてある印から続々と薬草類や少しだけ加工された祓魔具が出てくる。因みにこの印の中には、自分専用の場所もあるが高村家の人間なら誰でもアクセスできる場所もある。使い用途は、まあ今みたいな感じだ。
「ありがとね。そうだ、良かったらお茶でも飲んでいかないかい?」
「すみません、これから塾がありますので・・・」
「・・・そうかい。あ、そういえばお嬢さんの名前は?」
「高村ゆいです」
「ゆいちゃん、ね。またいつでもいらっしゃい」
「っ、はい!」
へらりと笑えば、女将さんは綺麗に笑った。それからすぐに祓魔屋を出て、授業が始まっているであろう塾へ急いだ。
とある用事
(優しい女将さんだったなぁ)