短編 | ナノ

 
幼馴染だから喋ったり笑いあったりするのは普通なのに、女子からは「幸村くんに近づかないで」「幸村くんだって迷惑してる」と決まって同じようなことを私に言いつける。前は少しだけ反論してみたものの、それが勘に触ったのかビンタされた。あのときの精市への言い訳は大変だった。

「聞いてるの?!」

「・・・あぁ、うん。聞いてるよ」

今日も昨日と同じように校舎裏に連れられて罵声を浴びせられる。別にマゾヒズムってわけじゃないけど、こんなのには慣れてきた。思えば小学校の高学年になった頃から始まったんだっけ・・・。

「ッ、いい加減幸村くんと縁を切りなさいよ!」

「それは・・・、できない」

「・・・そう。なら仕方ないわ」

精市と縁を切るなんて、考えた事もない。生まれた時から隣に居て、何をするにもずっと一緒だったのだから。幼馴染って、残酷だと思う。精市の事が好きだと気がついたのは去年の夏、こんな風に呼び出されているところに偶然居合わせた精市が助けてくれて、それが凄くかっこよかったんだ。

「ッ、痛っ・・・」

左頬に衝撃が走って自然と顔が右の方へ動く。ヒリヒリとした痛みが頬に現れて、漸く自分がビンタされたのだと理解した。あぁ、なんてザマだ。こんな格好精市に見せらんないや。考える事はいっつも精市の事優先で、でも精市はどうなんだろうか。こんな可愛げのない私なんか迷惑かもしれない。あぁ、やだやだ。

「これに懲りたら、二度と幸村くんには近づかないで!」

ヒステリックに叫ぶ彼女らが去っていくのを見届けてから、ずるりと壁伝いに座り込んだ。


どれ程の時間が経ったのか、ずっと俯いていたせいで分からなかった。名前を呼ばれたと思って顔を上げたら、精市のドアップ。私も驚いたけど、それ以上に精市の目が見開かれていたような気がする。

「頬、どうしたの?」

「別に、どうもしないよ」

「うそ。だってこんなに腫れてる」

「平気だもん。・・・ねぇ、精市」

「なんだい?」

ドキドキと心拍数が上がるのは、この後の返事が怖いから。だけど、言わないといけない気がするんだ。精市はどんな顔をするんだろうか。驚く?照れる?それとも、困る?

「私ね、精市の事が好き。だから、ばいばい」

「・・・」

精市の顔を見れば困ったような驚いたような顔をしていた。ダメだ、泣きそう。立ち上がって、スカートについた砂を払い落とす。それでも精市は何も言わなくて、それが虚しくて、悲しくて、私はその場から立ち去ろうとした。

「俺も、名前が好きだよ。でも、言い出すのが怖かった」

「・・・どうして?」

「名前との幼馴染っていう関係までなくなってしまいそうで・・・。それが名前を苦しめてるなんて知らなかった。ごめん」

「・・・精市が謝る事じゃない。私も、怖かったから」

「じゃあ、これからは幼馴染じゃなくなるね」

「・・・え?」

「だって、俺ら恋人でしょ」

ぽつりと呟いた精市の言葉が、スッと胸の中に染み渡った。


(ずるずると幼馴染という関係を引き摺って名前を傷つけるくらいなら、いっそぶち壊して)

end.
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ずるずると関係を引き摺るくらいなら 

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