短編 | ナノ

 
人間というものは、なんて愚かなのでしょうか。今まで信じてきた人を糸も容易く裏切る。まあ、そういう私も人間なのですが。

「ふふ、彼女はどうするんでしょうね。芥川先輩?」

「・・・知らないCー」

テニスコートが見えるこの教室は、私の隠れ家。使われることのなくなった空き教室を勝手に改造して居心地の良い空間にしたら、なぜか当然のように芥川先輩が使い始めた。まあ心の広い私はそんな小さなことをグチグチと言うつもりはありませんけどね。
チラリと視線をテニスコートに移せばいつものようにレギュラーは一人の女に群がっている。少し離れたところには一生懸命に仕事をするマネージャー。

「彼らと彼女の3年間はどこへ行ったのでしょうね」

「・・・知らないCー」

「芥川先輩は助けないんですか?彼女を」

仕事をこなしているマネージャーからソファーに寝転んでいる芥川先輩に目を移せば、気だるそうな雰囲気をまとった彼と目が合う。数秒の沈黙の後、ゆっくりと芥川先輩の口が開く。

「俺には、どうする事も出来ないCー」

「あら、どうしてですか?」

「新マネはきっと、俺なんかじゃどうにも出来ない力があるんだC・・・」

悲しそうに、けれど諦めたように芥川先輩は呟いて私に背中を向けてしまった。

つい1ヶ月ほど前までは黄色い声が飛び交っていたテニスコートも、今ではそんな事が夢だったかのように誰も居なくなってしまった。そんな事にも気づかずにレギュラーの人たちはテニスもせずに女一人に構ってばかり。あぁ、なんて馬鹿なのだろうか。

「・・・芥川先輩、テニス部辞めたらどうですか?」

「・・・考えてみるC」

「あぁ、それとね、芥川先輩」

「なにー?」

「私も、あの子と一緒なんですよ」

「、え?」

「だから、あの子を連れて帰りますね」

「・・・」

驚いた表情で私を見つめる芥川先輩にニコリと微笑めば、芥川先輩の目蓋はゆっくりと下がる。これが、私がカミサマから一時的に与えられた力。目が合っている相手を瞬時に眠らせる。ふわふわとした芥川先輩の髪をゆっくりと一撫でする。

「良い眠りを、芥川先輩」

きっと貴方が目覚める頃には、全て終わっていますから。





* * *




のんびりとした足取りでテニスコートに向かう。あぁ、面倒な役割を当てられたものだ。

「××さん、」

「ッ!」

「アーン?なんだ、お前は」

あの子の名前を呼べば、レギュラーの人たちも一斉に私を見る。そして、あの子を護るように立ちはだかる。あぁ、本当にメンドクサイ。

「帰りますよ」

「っ、イヤよっ」

ブンブンと髪を振り乱しながらあの子は叫んで、そんな姿を見てレギュラーは私を睨む。

「テメェ、今すぐここから去れ」

「跡部先輩に指図される筋合いはありませんので」

「アーン?いい度胸じゃねぇか」

これ以上話しても無駄だろう。だから、目を見た。跡部先輩の目を見れば、その場に崩れ落ちるように跡部先輩は倒れた。跡部先輩に群がるレギュラーの人と、顔を青くして跡部先輩を見るあの子。

「帰りますよ、××さん」

「い、イヤよ!だって、やっと手に入れたのに・・・!」

断固として私の目を見ないあの子に近づいて、無理矢理両頬を持ち視線を合わせる。合った瞬間に、あの子の目は絶望に染まる。

「契約違反をしたのは、貴方デショウ?」

「ひっ、や、」

「帰りましょうか」

にっこりと微笑めば、目の前のあの子は徐々に透明になっていく。それを見てレギュラーの人が何か喚いているが、私だって仕事なのだ。ポケットから手帳を取り出して、あの子の名前に×印をつける。

「っ、何しとんねん!?」

「煩いですよ」

グイッと引っ張った人の目を見れば、先程の跡部先輩と同じように倒れる。あぁ、これだから人間というやつはメンドクサイのだ。

「おやすみなさい、良い眠りを」

あの子が消えたと同時に私も帰る。きっともう、あの子が居たという事実は無かった事になりまた繰り返すのだろう。

「本当に、メンドクサイなぁ」

こんな仕事だなんて思ってなかったよ、カミサマ。ま、一眠りしましょうか。すぐに次の仕事で叩き起こされるんでしょうがね。





「んー・・・あれ、?」
「ジロー!こんなところに居たのか!アーン?」
「あれ、跡部だCー」
「ほらさっさと支度しろ。部活に行くぞ」
「え・・?××は?」
「アーン?誰だ、そいつ」
「・・・ううん、なんでもないCー!」
「変なやつだな」
「・・・(あのね、どういうわけかみんな元に戻ってて、みんなあの子の事も君の事も記憶がないみたいだCー。でもね、俺はずっと君の事を覚えてるから)」
「ジロー、行くぞ」
「うん!」

「あれ、記憶操作の人数間違ってた。ちゃんと修正しなきゃなーめんどくさ」
ピピピッと機械的な電子音が、部屋に木霊した。







人間はなんて愚かなのでしょうか。ずっと信頼してきたはずの彼女よりも、ぽっと出のあの子の方が好きらしい。本当、愚かだ。まあ、私もその人間の一人・・・正確には人間として作られたモノなのですが。

「ふふ、彼女はどうするんでしょうね。芥川先輩?」

「・・・知らないCー」







そして、繰り返す。


良い眠りを

(次に目が覚めたときには、きっと元通り)

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良い眠りを 

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