短編 | ナノ
私は奴が嫌いだ。人の話は聞かないし嫌なことばっかりしてくるし、何より私を見て平然としてるのが気にくわない。
「名前!」
また来たよ。ほら、周りの人なんか困惑してるじゃん。
―――そう、私は幽霊なのだ。だから、普通の人には見えないし、見えたとしても話しかけられることはなかった。
なのにこの男、幸村精市は私を見かける毎にこうやって話しかけてくる。
「俺をシカトかい?悲しいな」
「嘘つけ。顔が笑ってる」
「これは名前に会えて嬉しいからだよ」
「そりゃどーも」
綺麗な笑みを向けて幸村は喋る。端から見れば、ただの空間に向けて話しているように見えるだろう。
「…なんで私に構うわけ?」
「名前が好きだから」
「私、死んでるよ?」
「だから?」
「だからって…普通ユーレイに恋なんてしないでしょ」
「好きなものは仕方ないよ」
「あ、あのっ、幸村くん…!」
スタスタと歩きながら会話をしていると、後方から女の子の声が。私が立ち止まれば幸村も立ち止まって、後ろを振り返る。なんとも可愛い子が頬を染めながら立っていた。
「今、時間良いかな?」
「……手短にね」
チラリと一度私を見たけど、なんなんだ。別に私には関係ないし。
「えっと、その…っ、好きです!」
えぇぇ…!こんなみんながいる場所で告白ですか!最近の子ってスゴいな。
「で?」
「えっ…」
「君が俺を好きだっていうことはわかった。だから?」
「えっと、」
「付き合ってほしい?それなら悪いけど、俺には好きな人が居るから」
「……」
「じゃあ。行こう、名前」
有無を言わせない雰囲気、意思の強い眼差し。本来ならば触れられるはずのない私の手を取って、幸村は歩き出した。
「あんな振り方して良いの?」
「俺には名前が居れば良いから」
「…バーカ」
「そんなこと言うと口塞ぐよ?」
「アホ」
「…ねぇ、今の聞いてた?」
「幸村ってホント馬鹿だよ」
「うん、知ってる」
にこりと笑った瞬間、幸村の顔が近づいて、唇に温度が伝わる。私の心臓はないはずなのに、加速しているような錯覚に陥る。心なしか頬に熱があるような気もする。
「ふふ、可愛い」
「っ、」
だからアンタなんて嫌いだ私を狂わせるから。
end.
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だからアンタなんて嫌いだ