朝教室に入ると、昨夜学校の近くで露出狂が出た、という話で持ちきりだった。クラスの情報通の女の子が、地域の防犯メールが来たと得意気に話していた。

この寒い中露出だなんてよくやるな、と軽く考えていたけど、HRで担任から注意喚起されたほどだ。
なんでも被害にあった女子生徒が変質者に追いかけられ、転んで怪我をしたらしく、思いの外事は大きくなっているようだ。

あくまで他人事のように思いつつも、こんな日に日直だなんてツイてないな、とため息をついた。



***



今日に限って雑用を多く言いつけられ、放課後の教室で日誌を書き終わった頃にはすっかり外は暗かった。室内だというのにかなり冷える。
まだ灯りのついている職員室へ寄り、靴箱へ向かう。
ライトに照らされた中庭は少し不気味だ。普段なら聞こえる生徒たちの部活の声も今日はない。


「名字?」


思わず身体が大きく震える。振り返るとクラスメイトの日吉くんが立っていた。


「日吉くん、部活の帰り?」

「まあな」

「そっか。お疲れ様」


じゃあまた明日ね、と正門に向かって歩き出したところで呼び止められる。


「朝のHRで言ってただろ。露出狂が出るって」

「うん、物騒だよね」

「…夜道を女一人で歩くのは危ない。家まで送る」

「えっ、あ、ありがとう」


そんなこんなで送ってもらうことになったものの、会話が弾まない。なんせ私はあまり日吉くんと話をしたことはないし、元から日吉くんは寡黙な方だから当然のことだ。
そんな空気を日吉くんも薄々感じていたのか、思いついたように口を開く。


「…名字って背小さいよな」

「そりゃあ日吉くんと比べたらね」

「休み時間の度に黒板消し手こずってたもんな」

「え、見てたんだ」

「……たまたまだ」


ふうん、と言いながら空を仰ぐと、三日月が傾いていた。こんな綺麗な夜でも、変質者は出るんだもんな。


「護身術でも習おうかな」


私が唐突に呟いたものだから、日吉くんは何のことだと一旦怪訝な表情をした。けれどすぐに意図を理解したのか、少し笑って、それは必要ないんじゃないか、と静かに呟いた。

なんで?と尋ねるけれども日吉くんは黙ったままだ。
何か考えるようなそぶりのまま、私より少しだけ早足で歩く。
私の家まであと少しだ。


「日吉くん?」

「…護身術なんか習うより、俺が送って行ったほうが早いし確実だろ」


意を決して口にしたからなのか、寒さからなのか、どちらかは分からないけれど、日吉くんの耳が少し赤い。
俯いているから、表情はマフラーと髪で見えない。でもそれで良かった。私も今日吉くんに見られたくない表情をしているから。


「日吉くん、私の家こっちだから」

「……ああ」

「送ってくれてありがとう。また明日ね」

「また明日」


まだ落ち着きを取り戻せない胸の鼓動を隠して、精一杯の笑顔で手を振って日吉くんの背中を見送った。
火照る頬にそっと触れると、指先が冷たくて心地よかった。









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