俺の彼女、名前は特別可愛いってわけじゃない。特別化粧がうまいって訳でも、特別運動ができるってことでもない。

ただ、真面目な人柄のお陰で顔が広いだけ。
おとなしくて、俺の腕にすっぽり入って、その時の照れた顔はとにかく可愛い。

まったく俺はこんな彼女を持てて幸せ者じゃ。


「だからっ、雅治と別れろって言ってるじゃない!」

これがなければ。俺は屋上に入る前のドアに隠れて溜息をついた。
勝手に俺に好意を抱いて、勝手に彼女ヅラして、そんで俺に彼女がいるって知って名前を傷つける。
もう何回目だか分からん。

屋上に俺がよく居るのは、名前が呼び出されるのはここが多いからだ。

…あのケバい女、姫城だったか。俺の名前にあんなに怒鳴り散らして品の欠片もないのう。

「すいません…嫌です、私は雅治くんが好きですから」

「…このっ、後悔しても知らないからね!!」

バシリ、破裂音がした。
瞬間見えた、名前の頬についた赤。

名前に雅治くんと呼ばれた嬉しさ、好きと言ってくれたこと、あのアホ女が俺の名前に平手打ちしたこと。
全部混ざって変になった俺は、取り敢えず、今正に屋上に続く階段を登ってきたように現れることにした。

「…あっ、雅治くん、またサボり?」

「…どうしたんじゃ名前、その頬」

「あっ、な、何でもないよ、転んだだけ!」

焦ったように笑う名前に心が熱くなる。そうだ。名前は何があっても俺に言わない。自分で全部背負い込もうとする。

…そんな自己犠牲がたまらなく愛しい。

俺は騙された振りをして、「そうか、名前はノロマじゃからのー」「ちょっ、雅治くん!」なんて笑いあってからやさしく頬を一撫でした。

…さあ、ここからが俺の出番じゃ。


部活がない日の放課後に、教室に残っている騒がしい女子グループの動きを見る。寝ている振りをしながら。
10分もすると、グループの内一人が「あっ塾あるんだった!ごめんね!」なんて帰って行った。
俺はそれに合わせてそろりと抜け出してトイレに向かう。

固執に入って、教室を出ていった女子にイリュージョンする。
声色調整。あー、あー。…我ながら完璧じゃのう。

からり、少し焦ったように教室のドアを開けた。


さあ、始めるとするかのう。


「あれっ、あんた帰ったんじゃなかったの?」

「ううん、忘れ物しちゃって…ってそれよりも大変!」

「え、どうしたのよ」

「あ、皆だから話す秘密の話なんだけど…」

誰にも言っちゃダメだよ?

瞬間、残ってた女子の目がギラギラと輝いた。女子はこの手の「誰にも言っちゃダメ」な話ほど広がりやすく、脚色されやすい。

「あのね、C組の例の人なんだけど…、ほらあの仁王くん絡みの…」

「あー、あの人でしょー!姫城!」

「うん、噂なんだけど…、あの人名字さんにビンタしたらしいよ!しかも、それで名字さん泣いたって!」

「えっ、名字さんに!?」

「うっそ、有り得ないねあの人」

そこで一気に話題は姫城に変わった。嘘のコツは、真実にほんの少しだけ嘘を混ぜること。
…にしても流石俺の名前じゃのう。しっかり名前が知られとる。

「…あっ塾の時間やばい!じゃ私ほんとに帰るね!」

机につっこんであった教科書を引っ掴んで教室を出た。
そんで、今度は違う教室におった男子にイリュージョンする。あとは男子にも適当に噂を流せば終わり。
すると、まあ後は簡単じゃ。


(ねえ、姫城ってあの名字さんを泣くまで何っ回も殴ったんだって!)

そうだ。

(姫城先輩、名字先輩のこと不良に金払って殴らせたらしいぜ!)

もっと嘘に噂をのせろ。

(姫城、あんなに優しい名字に暴力振るうとか何様!?)

もっともっと。

(姫城って最悪な奴だな!!)

もっと!!


…一週間もすれば、学校中が姫城を無視した。姫城は、誰にも助けを求められずただただ一人っきりでおる。
酷い?何がじゃ。先に俺の可愛い可愛い名前に手を出したのはあっちじゃろ?

「ねえ雅治くん」

「どうしたんじゃ名前」

「…雅治くん、私のこと守ってくれてたりする?」

「…さあのう」

「そっか。……ありがとう」

「何がじゃ?」

「私と一緒に居てくれて、ってことにしておいて」

あと、守ってもらった私が言えたことじゃないけど、あんまりやり過ぎないてくれると嬉しいな。なんて小さく聞こえてきた。
どんなに俺が耳に入れようとしなくても、どんなに名前が鈍くても流石に少しは耳に噂が入ったらしい。
…少しやりすぎたかのう。

でも、目の前で困ったように笑う名前にそんなことどうでもよくなって、結局俺は名前を全力で抱き締めたのだった。

好きじゃ。好き。俺が絶対に全てから守る。
どんな手を使っても。

俺は自分の少し澱んだ目を自覚しながら、名前の首筋に顔を埋めた。









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