ザァァアアと耳に入る自然が作り出すノイズ音すら、今は邪魔なものに思える。
寒い。髪が顔にベタベタとくっついて、気持ち悪い、きもちわるい。
頬を伝う一筋の熱いそれは、私の全身を容赦なく打つ雨なのか、それとも。
数分前の出来事が蘇り、再び体育座りをした膝と膝の間に顔をうずめた。
「………」
沈黙が痛い。
教室の中央で机を2つ向き合わせたところに座る、担任とお母さん、そして私。
11月も中旬になった今、「進路に向けて重要な」三者面談が行われていた。
机上に置かれた模試の結果を見て、担任は苦笑交じりに口を開いた。
「#名字#さん…今の時期にD判でここ目指すて、受かる確率―」
いやだ!やめて!聞きたくない!
ガタンと音を立てて椅子から立ち上がり、慌てたような二人の声を背に教室を飛び出した。
次の面談を待っている親子の姿に見覚えのある緑を見た気がしたが、そんなこと気にかけていられず、屋上への階段を駆け上った。
バンッ
扉を開けると、そこは水浸しだった。
(雨…)
今ここに出たら、確実にずぶ濡れになる。もう、それでもいいや。
とにかく一人になりたかった。
1年生の頃から、ずっと憧れている高校だった。絶対ここに行きたい、と思い続けていた。
けれど、怠け癖のある私は、自分の実力を過信していた私は、夏休みも最後の中間考査前も塾にも行かず家でだらだらしていた。
そして、初めて受けた受けた模試の結果を見て現実を思い知った。
(D判定…合格率、20%)
10月にそれを知った私は、必死に勉強した。でも、偏差値というものは周りの実力が上がるにつれて巻き返すのが難しくなっていくもの。今回の模試でも、判定は変わらなかった。
今からどんなに後悔してももう遅い。時計の針は、止まらないのだ。
「…おい」
突然聞こえてきた雨音以外の声に、ビクリと肩を震わす。
聞きなれた声だから、顔を上げなくても誰だかは分かる。やっぱりさっき見えた緑はこいつだったんだ、なんてぼーっと考えていたら、再び「おい」と声をかけられた。
「…なに」
「なにちゃうやろ、面談中に教室飛び出していったアホな幼馴染見てほっとけるわけないやろが。こんなとこで傘もささんで、風邪引いてまうで」
「……いいから」
「は?」
「もう、私の事はほっといてくれていいから。」
顔を上げるのが嫌で、体勢を変えないまま会話を続ける。時折雨の音にかき消されて、ユウジの声は途切れ途切れに聞こえた。
「…ざけんなや」
「ごめん聞こえな、」
「ふざっけんなやこのドアホ!!!!!」
突然響いた大声に驚いて、思わずばっと顔を上げた。
ら、そこに立っているユウジの姿に更に驚いた。
何で、傘もささないで立ってるの
何で、ユウジも、泣いてるの?
何も、知らないはずでしょ?
「…分からないくせに。もう行きたい私立の確約もとれてるユウジには、私の気持ちなんか」
「おま…!」
「だって、だってだってだって!!!もう今からやったって無駄じゃん!どんなにやったって、周りだって必死に勉強してるしみんなはもっと前から頑張ってた!!今まで努力を怠ってきた私は、もう頑張る資格なんか、」
口に出すと、やっぱりつらかった。またどんどん俯きがちになっていったそのとき、ふわりと温かいものに包まれた。
「え、」
「名前、1回しか言わんからよーく聞いとき」
中学に入ってから久々に聞くその優しい声に、今私はユウジに抱き締められていることを理解した。
「最近のお前はな、ほんまによう頑張ってると思うで」
「……でも、」
「確かにお前は今までさぼっとったかもしれん。その距離を埋めるのは簡単なことやないっちゅーのも分かっとる。けどな」
そっと温もりが離れ、正面から向き合ったユウジはとても真剣でとても優しい顔だった。
「諦めたら、ほんまに全部無駄になってまうねん。必死になった分も、ぜんぶ。」
「…………」
「俺が、1番よう知っとるから」
「…え?」
「いつも見てたから。名前が休み時間でも友達と喋らんと問題集やってたり、隈作って登校したりしてたんも、俺は見てたで」
「なん、で、そんなに、」
「…好き、なんやろな」
「怠けるのが大好きでなかなかスイッチが入らんで、せやけど気づいたらめっさ頑張っとる。そんなアホな幼馴染のことが、好きなんやと思う」
耳を赤く染めて目を逸らしながらそう言ったユウジを見て、私の体温も上昇していくのが分かった。
「もっかい、頑張ってみいひん?」
「…できる、かな」
「俺が、ずっと見守ったるから。分からんことあったら聞けばええし、つらいことあったら俺んとこ来て泣きや。…大丈夫。名前ならきっと、大丈夫やから」
「う、ん」
雨はまだ降り止まない。けれど、冷たいそれに負けないくらいの温もりに包まれているから。ユウジという大好きな人が見守ってくれているから。
ああ、もう一度、頑張り直してみよう。
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