私は本当に、驚いていた。
いつも生意気で、あんなにも強気だったリョーマが。
すごく自信を無くした表情をしているのだから。
「……リョー、マ?」
「………」
リョーマは無言で私を抱きしめた。
私を包み込む腕は、微かに震えている。
おそるおそる、そっと背中に手を回した。

一体何があったというのだろうか。
こんなリョーマは見たことがない、怒ったような悲しいような複雑な表情をしているリョーマを。

ちゃんとした出会いは入学してから一ヶ月という微妙な時期だった。
クラスは同じだったものの、接点がまるで無かったからきちんと話したこともない。
初めての席替えで隣になって、第一声がこれだ。

「アンタ、誰?」

さすがにその時はかちんときた、名字名前です以後お見知り置きを、とすごく嫌みったらしい声で言ってやった。
こっちは嫌でも耳に入ってくるのに。
青学がテニスの名門として有名なのはテニス部じゃない私だってもちろん知っていた。
だから青学テニス部を知らない人なんていない、特に一年生なのにレギュラー入りを果たした生意気なルーキー『越前リョーマ』の名前は。

そんなこんなで最初は良い印象を全く抱いていなかったのだけれど、次第にそれは変わっていった。
彼のテニスに、魅了されたから、だ。
友達が余りにもきゃーきゃー騒ぐので、仕方ないランキング戦だけでも見にいってやろうと、絶対に行くことはなかったであろうテニスコートまで、足を運んだのだが。

目が、離せなかった。
サーブ、スマッシュ、ボレー、ドライブ、スライス、ロブ。
素人目でも、すごく上手なのが分かった。
ひとつひとつの技が、きれいに、私の脳に焼きついていた。
悠々とコートを出て行くリョーマの後ろ姿を、まだはっきり覚えている。

「あれ、アンタ」
「リョ、リョーマ……くん?」

フェンスを握りしめてしばらく動けなかった私に気づいて、すたすたと歩み寄ってきた。

「見ててくれたんだ………名前、だっけ?」

サンキュー、とラケットをくるりと回してふっと微笑む。
どくんと心臓が大きく高鳴った。

この時、私は恋に落ちたのだろう。

リョーマは強い。それはみんなが知っていることだ。
でも、リョーマの裏、というか心情を知っている人は少ないと思う。
いつも生意気で、クールで。手塚先輩ほどではないと思うけど、かなりのポーカーフェイスだ。
だけど、人間なら誰だって、悲しい時や悔しい時があるはずだ。
リョーマは、本当の感情を見せる場所が、欲しかったのかもしれない。

「……りょーま」
「……!」
ぎゅっと、腕に力を込めた。
「あの、ね」
「……名前」
「私は、リョーマの、隣にいるから!」
そうだ、何も特別なことなんていらない。
リョーマはいつだって、私を助けてくれた。
英語の宿題が終わらなくてうんうん唸ってたときも、友達とケンカして落ち込んでいたときも、先輩とうまくいかなくて泣いていたときも。
今度は、私がリョーマを支える番だ。

「……俺、」
「…うん?」
「強くなりたい……もっと、もっと」
「……なれるよ、リョーマなら」
リョーマの凜とした表情に、にっと笑う。
もう、腕は震えていなかった。

「………名前、」
いきなり、目の前が真っ暗になった。
唇には、温かい感触。
え、と思ったときには、視界が開けていて。
リョーマが、柔らかく微笑んでいた。

「……サンキュー」
ぽん、と私の頭を撫でて、いつものように去っていく、後ろ姿を。

私は真っ赤になりながら、夕焼けに染まった空に溶けるまで、見つめていた。


影じゃなくて、君の隣に居たい








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