放課後に聞いてみようと思った。
 誰もいなくなった教室で。
 柳くんもあたしから話があるのを察していたんだろう、勉強するふりをして1人で居残って待っていた。

 夕焼け色に染まった風景に溶け込んで、柳くんはシャーペンを持つ手を止めた。
 不安で心のなかはまるで嵐とか台風で穏やかではない。
 唾を飲んで勇気を奮い立たせて、あたしを見上げるその顔を真正面から見つめる。

 その手を取って正解だったのか、私に向けたその手は間違いではなかったのか、今私がここにいる空間は嘘なんかじゃないのか。

 柳くんは口を開かない。

 もし、柳くんが後悔をしていると知ったなら私は不安じゃなく、恐怖を抱くことになる。
 そんな事実を知るのが怖くて、避けたくて、考えていた質問は後回しにし、自分を守りながら確認する言葉を口にする。

「みんなに迷惑をかけた私なんか庇ったら、柳くんも、立場を悪くしてしまうよ」

 心臓の音に声量が負けそうだった。
 言葉尻がだんだんと聞こえづらくなったと思う。
 それを柳くんは全て聞き取ってくれたようで「俺は」とようやくその口を利いてくれた

「英雄も正義も気取ったつもりはない。が、名字を護れと言うのが聞こえた」
「聞こえた?」
「そう、俺の本能が、お前を護るように諭してきた。理性はそれに対し反論することはなかった。ただそれだけのことさ」

 難しいことを考えてばかりいる柳くんにしては分かりやすい言葉だった。
 私に合わせてくれているんだろう。
 でも、心のなかがすっきりと晴れるにはもう少ししっかりとした確かなものが欲しかった。
 明日になったら「気の迷いだった」って今日全てのことが否定されてしまうことがないように。

 助けてもらって、嫌だったわけじゃない。
 みんなに責められるあたしに微笑んで、みんなにはきつい言葉を残して、おとぎ話の王子様のようだったと言っても過言じゃない。
 嬉しくてドキドキした。

 でもあたしの味方に回るってことはみんなを敵に回すってこと。
 だから仲が良かった子も電話で、ごめんって言うだけで、明るい場所ではあたしに近づくことなんてできないんだよ。
 それを分かってるはずなのに。

 みんなから疎まれる柳くんっていうのは、柳くんじゃない。
 だから本当の柳くんじゃない柳くんに助けられるっていうことは何を意味しているのか分からない。

 自分は信念をもって助けたと思っているようだけど、その信念ってあたしが信じていいものなのかな。
 本能って何、理性って何?
 何でもできて人から頼られる柳くんのことを今まで尊敬の眼差しで見てたのは、間違いなんかじゃないよね。

「明日みんなからハブられたらどうする?」
「ハブられるとは?」
「仲間外れにされることだよ」

 そのすっとぼけた顔に、不安を掻き立てられて。
 ご飯の仲間に入れてもらえなかったり体育のとき準備体操を一緒にやってもらえなかったり、大事な連絡事項を伝えてもらえなかったりすることだよ、とまくしたてるように続ける。

 それなのに柳くんは、そんな必死な気持ちに気づかない。

 あたしたちは集団のなかに生きてるんだよ。
 そのなかで流れに逆らうなんて、ただの苦行にしかなりえない。

 できたらあたしだってみんなに流されて息苦しい学校生活をやり過ごしたかった。

 もうそんなことは叶わないって分かってるから、そんな気持ちを共有できる友だちもなくしてしまったから。
 気持ちが落ち着かなくて腹立たしくなって気を揉んで鬱屈として、心の安定する場所がない。

 余裕の表情をする柳くんに不安をぶつけて、何も解消するわけがないのに。

「きっと辛くなってみんなのこと大嫌いになっちゃうよ」

 口からは言葉が溢れ出る。
 誰とも口を利かなくなった分溜まってしまったものがあったのかもしれない。
 唯一口を利いてくれる人だから、単なる捌け口と思ってしまったのかもしれない。
 本当は違うことを聞きに来たはずなのに、もう冷静な頭ではいられなくなって、堪えきれずに涙が零れる。

 夕焼けに少し暗い色が混じっていく。
 柳くんはあたしを引き寄せて、その膝に座らせた。

 突然のことにびっくりするあたしに有無を言わせず、背中に手を回す。

「明日から一緒に昼食を取ればいい。体育で1人になるのが嫌なら、俺が会いに行こう。連絡事項は生徒会の名のもとに徹底させる」
「柳くん……」
「お前への気持ちに嘘をつかなくていいのなら、俺はみなから嫌われるほうを選択するよ」

 吐息が、耳にかかる。
 それがくすぐったかった。

「柳くんは、みんなから嫌われちゃダメだよ」

 ふふ、と柳くんは笑う。

 気持ちが少し落ち着いたような気がした。
 心の居場所を見つけられたからだろうし、あたしが不安に思ったことに対して柳くんはやっぱり余裕を崩さないから。
 たぶんあたしが思ってるようなヘマを犯すことはないから無駄な心配はするなってことなんだろう。

 夕焼けが暗闇に飲み込まれていくなか、触れる体温は温かかった。









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