仲間
相澤消太は隣を歩く浴衣姿の零を見て、無意識に口元を緩めた。
表情にはあまり出ていないものの、その内側では初めての“お祭り”に心を弾ませて浮き足立っているのが伝わってくる。
きっと屋台が並んで食べ歩きができることも、色鮮やかな花火が上がることも、溢れるような人盛りな場所だということも、大して理解していないだろう。
イベント事はそう好んではいないが、零がいざお祭りを目の前にしたらどう喜びを魅せるのかと考えると、満更でもない気がしていた。
「…零ちゃん!もう見えてくるよ!」
『えっ?』
麗日の声に反応した零は、前方を見て目を大きく見開き、驚きのあまり足を止めた。
日が沈んだ夜の景色の中、一点に灯りが集中し場所を示し、徐々に活気的な叫び声や太鼓の音などが聞こえてくる。
零の顔が次第にぱっと明るみが射し、頬を赤らめて喜びの声が零れた。
『わぁっ……!』
「ほら、行こう!もうお祭りは始まってるよ!」
「零、逸れんなよ。」
『は、はいっ!』
あたふたしながらも生徒たちに手を引かれ、一足先に会場へとかけていく小さな彼女の後ろ姿は、微笑ましいものだった。
「…どうやら記憶をなくしたとは言えど、生徒達に心を開いてるようで少し安心したよ。」
隣にいるオールマイトは、優しく見守りつつそんな言葉を零した。
かつてNo.1ヒーローだった彼も、恐らくヒーローになりたての彼女の様子を知っているのだろう。
どことなく、幼い零が本当の子供のように見える光景にほっとしているのが伝わってくる。
その意見に賛同しつつ、言葉を返した。
「零の本当の幼い頃も、きっとあんなふうに人と接していたら、もっと早く変われていたかもしれない……。こうして今回、小さくなったアイツと接していると、そんなふうに思うんです。」
「確かにそうかもしれない。でも、もしそうだったとしても、どのみち彼女は、きっと君の存在がなくてはいけなかったんだろうね。…私も見ていて思うよ。君と彼女のその絆は、付き合いの年月の長さじゃない。その密度だということがね。」
「…そう、ですかね。」
「……彼女、昨夜君が帰ってくるのを待ち伏せしていただろう?実はその少し前に、私のところに訪ねてきたんだよ。」
「零が、ですか?」
ゆっくり歩む中、隣のオールマイトに顔を向けて首を傾げると、彼は小さく頷いて話を進めた。
「君が捜査に出てからなかなか帰ってこないから、心配になって私に尋ねたんだ。君の身に何かあったんじゃないのか、って。」
「……」
「たった数日でも、自分を受けいれてくれたかけがえのない存在の君がいなかったことが、彼女を不安にさせたんだろう。
眠れなくて…いても経ってもいられなくて、私のところに来たと言っていたよ。……それともうひとつ、彼女はこんな事も言っていた。
みんなが受け入れて優しく接してくれるのに、自分はこのままでいいのだろうか…。
みんなが望んでるのは、本来の自分であって、今の自分じゃない。元に戻る方法を、自分自身が探さなくてはいけないんじゃないか。ってね。」
「そんな事を……」
「正直驚いたよ。見た目は10歳にも満たないというのに、考えや口調もハッキリしていて、記憶をなくしているとは思えなかった。」
オールマイトの口から告げられた彼女の言葉は、胸の奥を締め付けた。
まだ幼い零は、本来なら自分の命が狙われることにただ怯え、ましてや他人のことを考える余裕など無いはずだ。
こんな状況でも周りを気遣うその精神は、やはり今まで歩んできた道のり故の結果なのだろう。
「…辛いな。まだあんなにも幼い子供が、そんな風に考えれてしまうのも。本来今の現状を知って混乱してもおかしくはないのに、冷静でいられるあの子は、きっとこういう状況に“慣れ”てしまっているのだろうね。…
私はそう悟った時、心が痛んだ。」
「オールマイト…」
「私はそんな彼女に、周りをもっと頼り、信じてやりなさい。と言うことしか出来なかった。…相澤くん、君ならなんて返した?」
「……」
彼の質問に言葉を詰まらせた。
正直自分が同じことを面と向かって言われても、咄嗟になんて返したらいいのか悩んだだろう。
自分よりも周りを大切に思う事。そして誰よりも自分が受け入れられない零に、もし応えるとしたら……。
「幼かろうが大人だろうが、零は零だ。本来の姿に戻ったとしても、たとえ戻らなかったとしても、俺達は必ずお前を受け入れる。
最も望んでないのは、お前自身がいなくなることだ。……たぶん俺なら、そう返します。」
そう言うと彼は、ははっと声を上げて笑った。
「やはり君に適う者は他にいないだろう。そんな言葉が彼女に迷いなく言えるのは、今まで誰よりも零くんを見てきた君くらいさ。」
いつだって君は、彼女にとってヒーローだね。
オールマイトは誇らしげな表情をしながら、そんなことを呟いたのだった。