仲間
『お祭り、ですか?』
土曜の午後。
緑谷出久は、キョトンとした顔で首を傾げる零に微笑ましく思いながら、大きく頷き返した。
「みんなで行こうって話になってるんだけど、零さ…零ちゃんもいかない?」
もうそろそろ夏が終わるこの時期に、雄英高校のすぐ近くにある自然公園で開催されるらしいお祭りの情報を耳にし、もしかしたら喜んでくれるかもしれない…との考えだった。
もちろんクラスのみんなで話し合った結果、反対する者は誰もおらず、既に引率としてオールマイトにも頼み込んであるほど、率先して行動を取っていた。
そして彼女を連れ出していい最終決定権を持つ相澤は、反対する様子もなく静かに彼女の返事を見守っている。
しかし実際彼女の反応は思っていたものとは違っていた。
本来この歳の子供であれば、お祭りごとには間違いなく喜んで行く選択をとるだろうが、彼女は不安そうな表情を浮かべながら、ぎゅっと裾を掴んだ。
『でも…そんな場所に行って、もし迷惑がかかったら…』
「大丈夫だ。何かあったら俺達がお前を守る。だからそんなに心配すんな。」
轟が彼女の目線に合わせてしゃがみこみ、優しく頭を撫でる。
零は俯いた顔をあげて彼をじっと見つめながら、でも…と零した。
「そう深く考えるな。
俺も今日は久我さん達から特に招集がかかってないから、オールマイトと一緒に引率もできるし、こいつらだってヒーロー志望だ。案外頼りになるぞ。
それにせっかく屋敷の外にいるのに、今みたいにここに引きこもりっぱなしじゃ、屋敷にいた時と変わらんだろう。
いいんじゃないのか、行っても。
まぁ、お前が興味ないなら話は別だが……」
『興味が無いなんて……い、行きたいです!』
相澤の助け舟により、とうとう彼女は本音を零した。
あれだけ躊躇していた彼女を容易く素直にさせるあたりは、流石だと感心する。
轟は少し複雑そうな表情を浮かべながらも、もう一度彼女の頭を優しく撫でては小さく笑った。
「よし、じゃあ行くか。」
『は、はい!よろしくお願いします。』
「零ちゃん、せっかくやから浴衣着てこうよ!浴衣!」
『浴衣、ですか?』
「そうそう!ヤオモモが作ってくれるってさ!」
「任せてください!さ、寸法を測りますからこっちにいらしてくださいな。」
行くと決まった矢先、クラスの女子達に誘導されて二階へと向かう彼女の背中を優しく見送ると、近くにいた相澤がボソリと呟いた。
「みんな張り切ってるな…」
「…昨日の夜みんなで考えたんですよ。どうしたら零さんにもっと心を開いてもらえるか…。
でも、どれだけ考えても答えはわからなかったんです。ただ、幼くなった彼女を少しでも楽しませてあげられたら…辛い過去が少しでも和らぐのなら、僕達に今できることをしようって思ったんです。」
そう答えると、相澤はほぉーっと喉をならしフッと息を吐くように笑った。
「あいつも幸せだろう。みんなにそこまで考えてもらえてるなんて…。本来の零が知ったら、飛び喜ぶだろうな。」
「……その、何か進展はありましたか?」
会話を聞いていた飯田が横から口を挟むと、相澤は怪訝そうな表情を浮かべ、静かに首を左右に降り目を閉じた。
「正直わからん。ただ、あいつの拠点である屋敷に保管されていた伝書には、敵である望月家の個性やら、戦闘術の解説みたいなものが書かれていた。ただ、歴史が長いうえに古い情報だ。正直鵜呑みにはできん。
それに…個性がわかったところで、正直太刀打ちできるかも難しいところなんだ。」
彼の自信の無い声に、密かに動揺を覚えた。
プロヒーローでもあり、雄英高校の教師でもあるイレイザーヘッドが、こんな風に弱音を零すところなど今まで見たことも無い。
そんな彼を見兼ねたのか、近くで聞き耳だけ立てていた爆豪が、今度は割って入ってきた。
「…そんなにすげぇ連中なんスか、“忍”ってやつは。」
全員が、その問いに息を飲んだ。
相澤は少し考えた後、静かにそれに答えた。
「お前らも零と手合せして、薄々気づいているだろうが…“忍”一族は戦闘においての動き方が、ヒーローである他の連中とは全くもって異なる。そもそも忍者は、コミックや作り話でもあるように、己の身体能力を磨き上げ、戦う存在だ。
通常の敵やヒーローなら、自分の力の源である個性を消されたら狼狽えて戦意喪失する可能性も考えられるが、奴らは個性が使えなくなったとしても、次は培ってきた忍の戦術で向かってくるのは明らか。
…そうなった時に、個性なしの戦いで奴らに勝てるかどうか、という訳だが…。正直忍でもない俺達が太刀打ちできるとは思えないんだよ。」
「「……」」
零忍という存在を誰よりも近くで見てきた彼の言葉は、とてもでは無いが現実的で重みのあるものだった。
故に、“そんなことはない!”など、“なんとかなるだろう”なんて気休めの言葉を吐けるような者もいなかった。
しかし相澤は、下げた目線をあげて背筋を伸ばし、再び口を開いた。
「だが、勝てる見込みがない…自信が無いからと言って、みすみすあいつの命をくれてやるほど、俺も諦めがいい方じゃないんでな。死ぬ気であいつを守り抜く。」
「「「……僕も(俺も)です!!」」」
活気ある声が重なり、彼はそれを聞くと細い目を少し見開いては、再び静かに笑みを浮かべて小さく頷いた。
そしてその数分後、ハイテンションになった女子達と合流しては、寮を後にするのだった。