仲間


零の屋敷へ行って戻ってくると、既に深夜を回っていた。
約一日ぶりに帰ってきた雄英高校の敷地内に足を踏み入れようとしたその矢先、職員寮の壁にもたれかかって夜空を見上げている一つの影を目にし、足を止めた。

「…零?」

その名を呼ぶと、ぴくりと体を反応させて素早くこちらへと顔を向ける。
僅かにパッと表情を明らめて、そのままこちらへと真っ直線に飛び込んできた。

『おかえりなさい…消太さん。』

ぎゅっと服を強く掴む幼い姿が妙に愛らしく、思わず口元を緩めては目線を合わせるように屈み、「ただいま。」と返してそっと頭を撫でた。

「まだ起きてたのか。一人で外にいたら危ないだろ。」

『ごめんなさい…』

幼い零はやけに素直で、しゅんと肩を竦めて眉を下げた。
雄英高校全体で彼女の保護をしているとはいえ、いつどこで奇襲をかけられるか分からない今、零を一人にさせるのは危険だ。
とはいえ、こんな時間ならば他の生徒達も既に就寝していて、彼女が寮を出てきたことにすら気づいていないのだろう。

しかしなぜ彼女が今こうして外にいるのか。
自分の姿を見て表情を明らめたことと言い、寂しがるようにしがみ付いてきた辺りから考えると、自惚れかもしれないが一つの予想が頭の中に浮かび上がった。

「…もしかして、俺の帰りを待ってたのか?」

『…はい。その、1日経っても戻ってこなかったので少し心配で…。もしかしたら今日は帰ってくるかなって思って…』

「…っ、」

少し頬を赤らめて恥ずかしそうに、ボソボソと呟く零を見て、思わず目を点にした。

ーーーこれは反則だろ。

まだ彼女が屋敷を拠点にしていた頃は、時折顔を出すと胸の内に飛び込んで喜ぶ姿を見せたものだが、ここ最近はほぼ毎日顔合わせをしているせいか、あの頃のような行動には出なくなった。
それに加え、他の生徒達がいるという事もあり、あまり自分に固執している様子もなかった。

それが今久方ぶりに…しかも幼くなった姿で、そんな可愛らしい事を言われたら、誰だって度肝を抜かれるだろう。
いくら幼くなって記憶がないとはいえ、自分の目に映るその姿は紛れもなく零本人だ。

更にはそんな頭を抱える自分を見て、今度は不思議そうに首を傾けて、じっと視線を送る零の愛らしい姿は、追い打ちをかけられているも同然。

必死に冷静を保とうとする中で、彼女の体に触れると、夜風に当たっていたせいかやけに冷たく感じた。
この様子だと、数分程度外にいたわけではなさそうだ。

本来ならば早々に、部屋に戻れと言いたいところではあるが、ここまでしてくれている小さな女の子にその物言いはさすがに可哀想な気がした。

しばらく悩んだ後、複雑な心境が彼女に悟られないように必死にポーカーフェイスを保ちつつ、ある提案を持ち出した。

「体、冷えただろ。少し俺の部屋で休んでいくか?あとでちゃんと寮には送ってやる。」

『…はいっ!』

嬉しそうに意気込んで返事をする彼女を見て、またしても頭を抱えるのであった。


ーーーー

自室に戻るなり、早々にうたた寝し始めた零を起こさぬよう、そっとベッドへと寝かせた。

いくら零とはいえ、今は幼い身体だ。
流石にこんな時間まで起きていたことに疲れたのだろう。
加えて待っていた人物が無事戻ってきたとなれば、安心して眠気が遅ってくるという理屈も、過去に彼女で身に染みて経験している。

すやすやと静かに寝息を立てて無防備に眠る彼女を見て、フッと口元が緩んだ。

「こうしてると、本当にただの子供なんだがな…。」

彼女を見ていると、昔の頃の記憶が蘇ってくる。
出会ったばかりは本当に気難しくて、対応によく悩んだものだった。
何年かかけて彼女の考え方や想い…そして辿ってきた過酷な過去を知り、いつの間にか互いが心を開くような関係になった。

今回幼児化して昔の零に戻ったとはいえ、当時に比べれば距離が縮まるのが圧倒的に早かった。
もしかしたら、彼女の本来の記憶や感覚が残っているのかもしれない。

「……零。」

彼女を見つめたまま、情けなくその名を呼んだ。
この大切な存在を失ったわけじゃない。
ただ、こうして考えられる時間ができてしまうと、やはりどうしても切に願ってしまうのだ。

本来の彼女に早く戻って欲しい、と。

欲深いと思う。
彼女は危険な道を歩むヒーローなのだ。
本当は、生きていてくれただけよかった。と思わなければならない。

それでも、今まで当たり前のように微笑んでそばに居てくれた彼女が、染み付いて自分の中から離れず、恋しくなってしまうのだ。

「俺が……絶対戻してやるからな。」

元の姿にも、記憶も戻らなかったとしても。
例え相手が忍で、どんな個性を使ってこようとも。
自分の身が危険になってしまったとしても、この命だけは絶対に守り抜かなければならない。

揺らぐことの無い強い意志を拳に握りしめ、先に眠った零を包み込むようにして、眠りについたのだった。



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