仲間


それから数日後。
相澤消太は、早くも今回のパートナー達に頭を抱えつつあった。


ーー深夜。
街の路地裏に停車した1台の車に、久我と赤星に加え自分の三人が集い、今分かっている情報共有を行なっていた。

「零さんの様子はどうですか?」

「まぁ、とりあえず落ち着きましたよ。さっきクラスの代表の報告によれば、うちの生徒とも上手くやっているみたいですし…」

飯田から送られてきた状況報告に感謝しつつそう伝えると、彼はほっと胸をなでおろした。

「それにしても、イレイザーヘッドには恐れ入ったよ。まさかあのじゃじゃ馬姫をいとも簡単に手懐けるとは。」

助手席に座る赤星が感心した様子でそう零すと、自分よりも先に運転席に座る久我が、ムッと表情を変えて強い口調でそれに口を挟んだ。

「お前も少しは努力したらどうだ。どうせ彼女の事情を知ってても、敢えていつも通りの接し方したんじゃないのか?この状況に楽しんでないで、もう少し彼女の事を思って動いて欲しいもんだな。」

「まぁそう言うな。そもそもアイツに優しく接するのはそもそも俺の性分じゃないんでね。」

「…赤星さん。元々のアイツを知っているとはいえ、幼くなった彼女にありのままの事情を説明するのは、俺もどうかと思いますよ。」

知り合って間もないが、久我の吐き出した不満に続けてそう言えば、またしても久我が声を荒らげた。

「……っ、赤星!あんな幼い彼女に全部説明したのか?!」

「したさ。俺はアイツに隠す自信もないし、必要も無いと判断したからな。君に話すなとも言われてなかったし。」

「君って奴は……」

平然と答える赤星に、久我は額に手を当てて大きく溜息をこぼした。
その様子から見るに、二人の人間性がなんとなく理解出来る。
久我は立場上もあってか、些か真面目な男だ。
そしてそれと真逆の性格に値するのが赤星で、彼は常に“面白さ”に重点を置いて動くタイプだと見受けられる。

なぜこの相容れない二人が古くからの友人で、最も信頼できる存在となっているかは全く持って見当がつかないが、恐らく赤星の自由っぷりに毎度久我が手を焼くのだろう、と静かに覚った。
しかし、今はそこが問題ではない。

早くも召集をかけてきた久我に、淡い期待を抱きつつ話を切り返した。

「それで、確かな情報というのは…」

「すみません、話がそれましたね。本題に戻ります。」

先程とは打って変わった凛とした声で、久我は深呼吸をした後淡々と話を始めた。

「まず、今回奇襲をかけてきた望月家の忍ですが…。今確認出来る生存者だけで6人と判明しました。ただ、個性や拠点などの詳細はいくら調べても何一つ情報は得られませんでした。」

「なるほど。忍はどの時代でも影に生きる…まさしくだな。」

「感心してる場合か。」

「やはり正規の情報網では限界がありますか…」

「いえ、イレイザーヘッド。肩を落とすにはまだ早いですよ。」

彼は陽気な口調でそう言い、ニヤリと笑みを浮かべた。

「警察庁はありとあらゆる情報を得ています。正直言って、うちよりも優れた情報を持っている場所はありません。そして僕もまた、情報収集を得意とする捜査官ですから。」

「……はぁ。」

誇らしげに話す彼に、情けない声を漏らしつつもその続きに耳を傾けた。

「その望月家ですが、頭首は既に他界しています。そのせいか、つい数ヶ月前まではほぼ動きを見せていなかったそうです。しかしここ最近、その勢力が強まり、動き出した。…彼らの上に、大きな力を持つ新たな柱が誕生した、というわけです。」

「大きな力…」

「先日初めてあなたにお会いした時に、言いましたよね。今回零さんと僕が屋敷に行くと知っていた人物は、ごく限られた人しか知らない、と。そうなれば、その新たな頭首の代わりとして先導をきっている人物が、警察庁内にいるという考えができます。」

「……っ、」

「僕はその警察庁内の誰が望月家を動かしているのか、これから全力を持って捜査します。そしてイレイザーヘッド。あなたにもお願いがあるのですが、よろしいでしょうか。」

自身の組織の中に裏切り者がいるというこの状況にも動じず、絶対の自信と平然と話す口調から、彼の頼もしさと優秀さが何処と無く伝わってくる。
この時彼が味方でよかったと、密かに安心したことは心の中に留めておいた。

「…何をすればいいんでしょうか。」

「零さんの屋敷にある伝書の中に、望月家の先代たちの個性が記されたものがあるはずです。それを持ち出していただけませんか?
いざ戦闘となった場合、幼くなった彼女を頼れない。そんな状況で太刀打ちするとなれば、先方の戦術を把握しておきたいんです。」

その頼み事を聞き、一度は躊躇した。
服部家自体に思い入れや愛着は全く持ってないが、あんな残酷な扱いを受けてもなお、歴代と同じ道を辿り、服部家が歩んできた経緯を示す伝書を大切に保管している彼女を知っている。

暇つぶし程度に読んでいた自分があまり強く言える立場では無いが、あの伝書は本来口外禁止であり、関係者以外は目を通してはならない代物だ。
それを零の断りもなしに持ち出し、部外者に公表するかのような形になってしまっていいものか……。

そう考えるも、もう一方で思考はそれを否定した。
今は一刻の猶予も争う状態だ。
この状況であれば、零も許してくれるだろう。

「…わかりました。明日は幸い私の受け持つ授業も少ないですし、終わり次第早急に屋敷へ向かいます。」

「心苦しい頼みをしてすみません。でも、もし彼女の家の問題に足を踏み入れるのであれば、あなたが一番いいと思って…」

「…なぜ、そう思うんですか?」

眉を下げてそう言う久我に、不思議のあまり首を傾げる。
久我は情けなくフッと笑みを浮かべ、こちらへと顔を向けた。

「零さんと最も信頼関係のあるあなたなら、彼女がもしそれを知っても許してくれると思ったんです。…僕はまだ彼女にとって、到底あなたのような偉大な存在には、なれていませんから。」

「……」

その声と表情を見て悟った。
この男はきっと、密かに零に特別な感情を抱いているのだ、と。

そして彼は続けた。

「彼女が嬉しそうに僕に教えてくれたんです。個性に恐れ絶望の世界から救い出してくれたのも…狭い視野を広げてくれたのも、いろんな感情を取り戻させてくれたのも……全部あなたのおかげだ、と。思い知らされましたよ。彼女にとってあなたの存在がどれだけ大切なのか…」

「そう、ですか…」

零がそんな風に他人に話していることを初めて知り、正直驚かされた。
しかし何より驚きなのは、そんな発言を自ら告げてもなお、恋愛感情に発展しないあいつが恐ろしいということだ。

そしてそのズレた思考は、赤星の声により引き戻された。

「個性さえ分かれば、こちらも忍相手とはいえ少しでも対処法を練れる。それに、あの子にかかった個性も解く方法を見つけられるかもしれんしな。」

終始ふざけたように思えた彼でさえも、そう零した声は緊迫感を持っていた。

相澤はまだ大して接してもいない二人に、何処と無く頼もしさと安心感を抱きつつあったのだった。


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