仲間


ようやく泣き止み落ち着いた零と共に、赤星邸を去った。

ものの数分で、あの人を寄せ付けようとしなかった零をどうあやしたのか興味深いな…と不思議そうにしていたが、去り際にこう言っていた。

“零の体に関しては、恐らくどの医者よりも俺が一番把握している。こいつが今まで追ってきたケガの治療をしてきたのも、個性が暴走した時に飲む薬を処方しているのも俺だからな。何かあれば、連絡してくるといい。”

どこか得意げな顔をしつつ、電話番号だけ書いてある紙を手渡してきた。

久我といい、赤星といい、心の内で何を考えているのかよく分からない男だ。
ただ一つだけ二人に共通し、分かっている事があるとすれば、零の事を大切に想い、守ろうとしている事だけだ。
そう考えれば、人格はともかく今回の状況にとっては最も信頼できる男であるのは間違いないだろう。


すっかり夜になってしまった街中に車を走らせていると、助手席に静かに座り外を眺めている零を横目で確認した。
微かに窓ガラスに映っている彼女の表情を見れば、真新しい物を見るように目を輝かせているのが分かる。
この頃の零には、まだ感情が欠けている。
決して表情には出ないが、彼女の成長を見届けてきた自分にとっては、なんとなく察せるものがある。


以前から度々思う事があった。
零がプロヒーローになるもっと前から、彼女と接する事が出来たのなら…と。

もっと早く外の世界を教えてやり、もっと多くの人たちと触れさせてやれば心に負った傷ももう少し軽減できたのではなかったんじゃないか。

例えもし元の姿に戻る可能性もなく、記憶が戻らなかったとしても、迷わずこの幼い零を、今度は今の歳から周りの愛情でいっぱいにして育ててやりたい。

そんな思いを抱きながら、彼女に声をかけた。

「さっきも言ったが、お前がこれから日常生活を送る場所は、大人ではないが高校生の子供がいっぱいいる所だ。ただ、もしお前があまりにも不安に思うのなら、職員寮ではあるが俺の部屋に…」

『大丈夫ですよ。さっきあなたを見て…あなたの心の声を聞いて、記憶をなくす前の私がどれだけ大切にされているのかが分かりました。そんな人が私のために用意してくれた居場所なら、きっとうまくやっていけると思います。……えっと、』

「消太でいい。……というか、実際のところ、自分の状況をどこまで知っているんだ?」

13歳の頃の彼女を知っているから驚かないものの、形は子供でも話す口調や雰囲気が何処と無く大人とさして変わらない零に、久我はどこまで話しているのかが気になった。

元々頭の賢い奴だ。
大方の事情を説明してしまえば理解は出来そうだが、情緒不安定になってもおかしくはない。
そこを配慮して話してないとなれば、自分やこれから生活を共にする1-Aの皆にも、ある程度状況を説明しておかなければならない。
そんな不安の中、彼女は淡々とそれに答え始めた。

『久我さんはあまり詳しい事を教えてくれませんでしたが、赤星という男はすんなり説明してくれましたよ。

本来の私は19歳で、諜報活動を中心とした隠密ヒーローとして彼らと共に任務についていた、とか。私は敵の個性により、一時的に幼少化し、更には記憶をなくしているんですよね。』

「……」

前言撤回だ。
何が彼女を大切に思い、守りたいと思っている、だ。
ある程度緩和して話しているならまだしも、ありのままの状況を、ただでさえ情緒不安定になりがちな彼女に話して、どうかなったらどうするつもりだ。

密かに抱く赤星に対しての怒りで、無意識にハンドルを強く握りしめると、彼女はそれを見て“消太さん”と小さく名を呼んだ。

『実は私、赤星さんに全ての説明を聞いても正直ピンと来なかったんです。だからこそ、なにか裏に意図があるのかと、あの人を疑い、警戒心を持ちました。
でも、消太さんが来てくれて…不思議とそれがすんなり受け入れられたんです。私の知らない人が、私を知っている…。私を心から大切に思ってくれる人がいるって分かった時、ようやく今の現状を受け入れられることが出来ました。

正直、不安や恐怖を抱くことも多いけど……なんとなく、消太さんの言葉は信じていいって。私の本能が告げています。』

「いや、俺は…」

“ありがとうございます。”と言いながら微かに口元に弧を描く彼女の表情は、先程よりも随分柔らかくなっていた。

礼を言うのはこちらの方だ。
いつだって、どんな姿であっても自分の存在に感謝してくれる彼女に、こっちは密かに心が救われているんだ。

姿は幼いにしても、やはり彼女の存在はかけがえのないものであり、そして大切な存在だと改めて実感する。

同時に、彼女だけは守りたいと強く心に刻むのであった。


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