仲間


相澤消太は傷を負った幼い少女を前に、酷く懐かしさを感じて硬直した。

相手を射抜くような鋭い視線と、誰も寄せつけない威圧感。加えて深い闇を持つ悲しい瞳…零と出会った当初と同じ様子が、幼くなってしまった零の姿からもひしひしと伝わってくる気がした。



久我捜査官の説明を受けた後、命を狙われている零は今、最も信頼できる人物に預けてあるから迎えに行ってやって欲しい。と頼まれ、街外れにあるこの個人宅へと訪れた。

「…やれやれ。全く、本当に敵わん。」

彼女の態度を目を細めて見ているこの家の主は、ため息と共にそうこぼした。
久我の話によると、彼は古くからの友人らしく、久我や朧のような国を守る諜報員、いわば“秘密警察”をサポートする役割でもあり、医師免許を持つ久我の専属のドクターらしい。

そんな彼…赤星柊介は半日の間、久我に頼まれて彼女の治療と世話をしていたらしいが、どうにも警戒心が強すぎて迂闊に近づいたらこうなった…まるで猫だ。と、出会って早々身体に負った傷を見せつけてきては、降参のポーズをとった。

まだ会って数分だが、赤星という男は正直愛想もなく、相手の気持ちを配慮して言葉を選ぶようななタイプではない。
それ以上に小さい少女を見る目からして、子供好きな要素がない。

そうなると今の彼女を緩和することは、まず難しいだろう。

「とりあえず手当はしてあるし、久我くんから聞いてるとは思うが命に別状はない。このまま引き取ってくれると助かる。」

「…えぇ、そのつもりで来ましたから。それより、できれば少し席を外して頂けませんか。」

扉にもたれかかってじっとこちらの様子を背後から眺めている彼に申し訳なさそうに伝えると、ふっと息を吐くように笑みを浮かべて、重心をかけていた背中を起こした。

「気が利かなくてすまない。では、俺はリビングにいるから帰る時に一言だけ声をかけてくれ。」

「……分かりました。」

喰えない男だ。と彼の背中を見て思いつつ、ひとまず今いちばん重要である彼女の方へと目線を戻し、口を開いた。

「俺は相澤消太だ。今のお前に言っても混乱するかもしれないが…一応お前の保護者代理だ。」

7.8歳程度の小さな子供にそう告げると、零は目を大きく見開き、首を勢いよく左右に振った。

『私にそんな人はいない。父の差し金ですかっ?何を企んで…!』

「何も企んじゃいないさ。……あと、お前の父親との関係性もない。……と、いうより、お前の父親“なんぞ”と一緒にしないでくれ。俺はお前を幽閉したり、恐れたりなんて酷い扱いをするような人間じゃない。」

『……っ、なんで……』

彼女は思わず驚きの声を漏らした。
正直言って、記憶もなくまだ幼い彼女にどこまで説明したらいいのか分からない。
けれど密かに自分の中で嫌悪していた彼女の父と同類だと思われることだけは、どうしても避けたかった。

「今のお前にとっては残酷な話かもしれんが…お前の親父さんはもう亡くなっていて、俺はその後お前と出会って、代理の保護者として面倒を見てきたんだ。だから俺はお前の考える事もだいたい分かるし、今までどう過ごしてきたのかも知ってる。」

『……』

衝撃的な言葉だったのだろう。
驚きのあまり口を開けたまま、物珍しいものを目にしているような様子でこちらを見つめていた。

「今お前は狙われている。だが俺は、お前を必ず守る。そしてお前がずっと嫌悪しているその個性からも、父親のせいで染み付いた心の闇も。全部もう一度、助け出してやる。」

『…そんな事、出来るわけない!私の個性は…っ、』

「俺の個性は、この目で見た相手の個性を一時的に消すことの出来る“抹消”。今までもそうだったが、お前の個性“読心”が暴走しても俺が止めてやれる。」

『……っ、』

まだ幼い彼女に伝わるのか不安だったが、彼女の目はそれを聞いて確かに揺れていた。
悲しげな目をしている零をただ見ているだけでは居てもたってもいられず、彼女に視線を合わせるようにその場に屈み、華奢で小さな身体をそっと自身の胸へと押し込んだ。

「プロヒーローとしてじゃない。1人のお前の“家族”としてお前を守る。だから、そんな強がらなくていい。お前はただ、黙って守られてろ。」

そう告げると、腕の中の彼女は肩を震わせ、ぎゅっと服にしがみつくように指先に力を込めた。
微かに胸元の服からひんやりと冷たい水滴が染み込んでくるのが伝ってくるあたりからすると、恐らく泣いているのだろう。

過去の話を興味本位で何度か零本人から聞いていた情報のおかげで、今の彼女の警戒心を解くのはさほど難しくはなかった。

他人…とくに父親達と重なる“大人”には敵意と警戒心を示し、虚勢を張ったり荒い言葉を吐いて、ずっと自分から引き離していた。
大人は子供よりもたくさんの知識を持っているからこそ、感情や何かに対して思う考えも豊富で、その心を読むのが怖かった、などと幼い頃の事を平然と話していた彼女を思い出し、小さく安堵の息を吐き出した。

今元の姿に戻った時の彼女と会話ができるのなら、ぜひ言ってやりたい。

たとえいつの年齢のお前と出会ったとしても、俺は何度でも迷わずお前にこの手を差し伸べられるだろう、と。

そんな得意げな顔で話す自分を見て、きっと彼女は柔らかく微笑むのだろうな…と思えば、自然と口元が緩むのだった。


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