仲間


ーー警察庁。
警視庁とはまた別の組織として設立され、主に国民や治安を守るためために動く組織とも言われているキャリア組の集う場所だと聞く。
日々行われる捜査は秘密裏に行われ、主に諜報活動や潜入捜査、加えて護衛任務などを中心に活動しているという事は知っているが、正直どのような動きをしているか、どういう人物が在籍しているかなど、詳細はほとんどが不明。
そういう点を考えると、隠密ヒーローとして活動している彼女を管轄しているという事に関しては、妙に納得がいった。

今まで何年も彼女と接してはきたが、今回電話をかけてきた久我透という男の名は聞いた事がなかったし、プロヒーローとして活動している自分も面識もない点を踏まえると、彼もまたその一人なのだろう。

そしてまさにその人物が今、目の前に頭を抱えている状態で座っていた。

「あ、あの…」

警察庁に入って早々、彼のいる部屋へと連れてこられた相澤消太は、既に疲労感と厄介事に頭を抱えている久我という男を目の当たりにし、どう声をかけようか悩んだ。

「あぁ、すみませんイレイザーヘッド…。いや、今は相澤さんとお呼びした方がよろしいんでしょうか。」

パッと表情を切り替える彼に、ぽかんと口を開けて硬直した。

漫画やドラマでよくあるが、基本的に警察庁の人間は、不愛想だったり強張った顔を浮かべている事がしょっちゅうで、役によれば柄も悪い。

それに比べると久我は、警察庁内で出くわしていなければ捜査官とは思えぬほど爽やかかつ愛想もよく、穏やかな笑みを浮かべていた。

自分のようなシンプルなコスチュームとは違い、しっかり公務員らしいグレーのスーツを着ている久我の体は、衣服の上からでも無駄のない体つきだというのが分かる。
しかし、警察関係者でありながら金糸の髪と褐色の肌を持つ彼が、どう見ても秘密裏に捜査を行うような捜査官には思えなかった。

「…どちらでも構いません。それより、話というのは…」

違和感でしかない彼を眺めつつ、ひとまず話を進めようと切り返すと、彼は突然笑みを消し、真剣な眼差しでじっとこちらを見つめた。

「実は零さんの過去の事について、古くから知人であると聞いていたあなたにお伺いしたい事がありまして…」

そう言った彼を見て、思わず息を呑んだ。
前言撤回だ。
まだ歳も自分とさほど変わらないようにも見える彼から放たれる威圧感は、紛れもなく本物だった。
どこを見ても隙がなく、吸い込まれるような青い瞳で真っすぐ見つめる視線は、相手の心を射抜くような威力がある。
その気迫に飲まれないよう静かに拳を握りつつ、それに返した。

「古くから…と言っても彼女がまだヒーローになったばかりの頃からですので、あまり参考になるかはわかりませんが…。分かる範囲であればお答します。」

「ありがとうございます。では、彼女と出会った当初、零さんはどんな感じでしたか?」

「どうって…。人との接触を自ら拒むような…。恐れているような様子でしたよ。誰も信じない、誰も頼らない。全部自分で抱え込んで生きていく…まぁそこは今もあまり変わってはいませんが。分かりやすい例えであれば、言い方は悪いですが、残酷にも捨てられた子犬がどの人間にも警戒心をむき出しにするような…そんな感じでした。」

彼はそれを聞いて、「なるほど…」と零して考える姿勢をとった。
そして数秒間沈黙が続く中、とうとうしびれを切らしてこちらが先に破った。

「あの、それと今回呼び出された件と、いまいち状況がつかめてないんですが…。」

「あぁ、すみません。実は昨夜屋敷で敵に襲われた時、零さんが何らかの個性の影響を受けてしまって…。その、幼児化してるんですよ。」

「…………は。」

衝撃的な事実を告げられ、思わず目を点にしつつ情けない声を漏らした。

その反応を見て久我も渋い顔を浮かべ、話を続けた。

「順を追って説明します。まず、今現状わかっているのは、敵が服部家にとって、歴代から敵対心を持っていた、忍一族の“望月家”であるということ。彼らは僕と零さんが屋敷の中で調べ物をしている最中に、彼女だけを狙って奇襲をかけてきました。おそらく、殺す気だったんだと思います…。」

「望月家……。古い伊賀甲賀の争いか。しかし、なぜまた急にそんな…」

「…流石はイレイザーヘッド。お詳しいですね。」

彼はそう言って、小さく笑いながら肩を竦めた。
詳しい、と言うほどのものでは無いが、何度か彼女の屋敷を訪れた際に、服部家の伝書を読んだことがあったから知っているだけだ。
歴代頭首が残したそれに、確かに“望月家”との戦いの日々が記されてあった記憶はある。
だが、なぜ今なのだ。
よりによって、彼女1人になってしまった今、どうして……。

「正直、何一つ明確な証拠はありませんが。僕は今回零さんを襲った連中と、彼女の父、先代頭首である服部景義を含め服部家の者を壊滅に追いやった連中は、ほぼ同じではないかと考えています。」

「……それって、7年前の事件ですか?!」

久我にそう尋ねると、小さく首を縦に振り複雑そうな顔をうかべた。
当時の話は零と出会った当初に彼女の口から聞きはしたが、服部家を襲った連中がどうなったかまでの詳細は、その前後の彼女の辿ってきた道があまりにも過酷すぎて、聞いていなかった。


「僕がまだここに務めるよりも前の話なので、あくまで資料と当時服部家の担当をしていた捜査官から聞いた話ですが…

当時の現場はあまりにも鮮やかな手口で、ごく個性が扱える程度の…並大抵の敵とは訳が違ったそうです。暗殺に特価したものの仕業だと捜査を進めましたが、足取りは掴めませんでした……。

その点を踏まえると、当時の事件を起こした相手は同じ“忍”で、7年前のあの事件で因縁である服部家を壊滅したと思い込んでいた連中が、まだ生き残っている彼女の存在に気づき、再び手を下してきたとなれば、辻褄は合います。」

「……なるほど。」

彼の推理は確かに的を得ていた。
ただもしそうなのだとしたら、一体なぜ急に彼女の存在に気づいたのだろうか、という疑問が浮び上がる。

そんな自分の思考を悟ったかのように、彼はその謎の糸口を吐き出した。

「…そして最も重要なのはここからです。今回あなたに来て頂き、本来口外禁止の朧の件を説明したのには、理由があります。」

彼の凛とした声に、思わず息を飲んだ。

「仮にその“望月家”の者が7年前の事件と、今回の件の犯行を行ったと考えた場合、ですが……。

タイミングがあまりにも良すぎるんですよ。

彼女の存在を知り、討ちたくとも今は屋敷には在中していない。あなた方の所へ滞在しているという情報も、ほとんどの人間が知らない。

今回僕は零さんに頼まれて、彼女の屋敷へと同行しました。しかしそれは、任務でもなく自主的な行動です。我々が服部家に行ったということを知っている人物は、ごく僅かな人数に絞られます。

そんなタイミングで待ち伏せしていたわけでもなく、ピンポイントで狙えるとなると…」

「まさか……味方の中に敵の内通者が?!」

はっと声を上げて慌てて口を塞ぐと、彼は小さく笑って「大丈夫ですよ。」と察してくれた。

どうやらこの部屋の話し声は外には漏れないようになっているらしい。

一旦クールダウンして頭の中を整理し、状況を理解したはいいが、徐々にそれが最悪なものだということを悟り、手に汗を握った。

「まぁ、あくまで僕の見解なので断言は出来ませんが。少なくとも僕は今回の件で、ウチの中に誰か彼女の情報を探り、望月家に伝えた…あるいは望月家の人間が、ウチに潜伏して情報を流している、という考えもできます。

もしこれが真実だとしたならば、ただでさえ戦闘能力をなくし、記憶まで消えてしまった零さんを、敵がいる可能性のあるウチに置いておくのは危険だと判断しました。」

彼の断言により、ようやく呼ばれた意味を理解した。
そしてそれは彼の口から間もなく告げられるのであった。

「イレイザーヘッド…いえ、相澤先生。今回の件が解決するまで、彼女を雄英高校で匿って頂けませんか。」

真っ直ぐな青い瞳は、彼女を守りたいという一心が伝わってくるようだった。

確かに敵がいるかもわからないこの場所で彼女を保護するのは、リスクを伴う。
彼は全ての計画を、零を守るために動いてくれているのが分かる。

「……わかりました。私の方から校長と生徒たちに話はつけます。」

断る理由などない。
零が命を狙われているという時に、黙って見過ごすような連中は、ウチにはいないだろう。
雄英高校代表としてそう久我に伝えると、彼はほっと胸をなで下ろして息をこぼした。

「ありがとうございます。……情けない話ですが、僕も今、誰を信じたらいいのか分からず単独で調査をしています。しかし、彼女をこのままで終わらせるつもりは無い。一刻も早く元の姿にもどし、今までの“朧”に戻ってもらうためにも、全力で捜査をさせていただきます。」

「…久我捜査官。私からも一つお願いをしても宜しいでしょうか。」

彼の零を想う気持ちを悟った今、会って間もない目の前の男を信用してみたくなった。

だからこそ、首を傾げている彼にこう言ったのだった。

「可能な限り、捜査に協力させてください。」

久我捜査官はそれを聞き、ニタリと得意げな笑みを浮かべたのだった。


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