仲間


日記を読み始めて数十分。
父の交友関係について書かれている箇所を見つけ、気づけば久我の存在すら忘れて読みふけっていた。

父……いや、先代党首が残した日記は、控えめに言って読んでいい気になるものではなかった。
辞典のような分厚いノートの中に記された記録は、殆どが自分に対しての恐怖心や、嫌厭する様子が大半を占めていたからだ。

幼い頃にこれを見つけて目を通した時は酷く心を痛めたし、自分が生きる価値等無いのではないか、と何度も思ったことはあった。

しかしあれから自分も随分と変わった。
相澤と出会い、数多くのヒーロー達に見舞われ、そして歳の近い雄英生である1-Aの彼らと生活を共にする今は、実際そんな父の書き続けた想いを読んでも何一つ感じることは無かった。

本の折り返し地点まで辿り着いたところで、自分の事ではなく別の話題に触れ始めたのに気づき、無意識に本を顔に近づけた。

ーー超常社会において、忍一族である服部家の名は輝かしい活躍を遂げ、その名を歴史に刻む事に成功した。
しかしながら、服部家の活躍は今肩を並べるヒーローとの差は歴然としている。
この国の治安を守るヒーロー達が、今のような貧弱の者たちでいいのだろうか。
逆に言えば、ヒーロー達の中で最も重要な役割につく我々は、もっと評価されるべきだ。
我々はもっと、人々に尊い存在として見られるべきではないのか。

父の達筆な字で記されたその筆跡には、何処と無く苛立ちの感情が読み取れた。

そして更に日が過ぎるにつれて、その疑問についての感情も荒々しくなっていった。

ーー服部家は、今のまま隠密ヒーローである訳にはいかない。もっと輝かしく名を羽ばたかせるべきであり、人々に認められる存在でなければならない。
密かに活動を行っている限り、この力を恐れるあまりいずれ“奴ら”と同じように敵予備軍として監視されるようになるやもしれん。
ここはひとつ、革命を起こすべきだと私は思う。
服部家は政府に仕え、終わるべき存在ではない。
我々が偉大な力で政府を従わせるべきだ。

『…っ、』

父の悪辣な考えに、思わず息を飲んだ。

なんて事だ。
隠密ヒーローとして存在する事に不満を持ち、この代々伝承される力を使って、政府をコントロールしようと考えていたとでも言うのか……?

気づけば手に汗を握り、奥歯をぎりっと噛み締めていた。
出会った詳細やらは書かれていなかったが、ここに記された“奴ら”というのは、恐らく死穢八斎會の組織を示しているのだろう。
彼らと手を組もうと考えていたのか、それとも彼らのようにはならないと比較していたのかは分からないが、どちらにせよ父がもし今も生きていたら…と考えると胸糞悪くなる一方だった。

そして数ページ同じような内容が書かれていたことを確認したが、これ以上得られるものは何もなく、ノートを書棚へと戻した。

父は生前、服部家が影で動くヒーローであることに不満を持ち始めていた。
正直言って、全く持って理解出来た内容ではない。

やはり血が繋がっていても、父とは相容れない存在である事を実感しつつ、ふと久我の存在を思い出し周囲を見渡すと、彼が本に囲まれたままうたた寝している光景を目にした。

『……やっぱ、多忙で疲れてたんじゃないですか…。全く、無理ばかりして…』

そう小さく零しては、少しだけでも仮眠させてやろうと毛布を取りに、書斎を後にした。


ーーー

「…やっぱりいたか。隠密ヒーロー…いや、服部家現代頭首、朧よ。」

『……っ、』

縁側を歩く最中、どこからかそんな声を耳にしては警戒心を強めた。

見渡す限り誰の姿もない庭に意識を集中させると、瞬時に三つの影が現れた。

上から下まで闇に紛れることの出来る紺の装束。
口元を覆う布。
足音ひとつ立てず、気配を消して姿を現すそれは、忍だと判断するには充分すぎる特徴だった。

月の光が奴らを照らし、しばらく睨み合いが続く。
最初に沈黙を破ったのは、地を這うような低い声を出した自分自身だった。

『……何者だ。』

「我々は服部家にとって、相容れない存在……望月家の末裔だ。」

『……望月家、』

奴らが述べたそれに、聞き覚えがあった。
服部家の伝書には、その名の通り歴代の功績や当時の行いが記されている。
その中に書かれていた同業者の名前……つまりライバルに値する存在のうちの一つが、“望月家”だ。
だが、なぜ今になってそんな彼らがこの場所に来たのか、目の前に姿を現したのか等、皆目検討もつかない。

奴らから一瞬たりとも警戒を怠らないまま、再び口を開いた。

『こんな所まで来て、わざわざ何の用だ?』

「朧…貴様自体に恨みはないが、服部家の現頭首として、今この場でその名を断たせてもらう!」

『……っ、』

そう吐き出すと共に3人が同時に地を蹴り、散らばってこちらに攻撃をしかけてきた。

3対1、尚且つ相手が同じ忍びであるというこの状況は圧倒的不利だ。

せめて久我を起こしてくればよかった、と後悔しつつも体勢を低くし、迎撃に備える。

しかしこの時、まさか自分に絶望たる危機が待ち受けていることなど、微塵も予想だにしなかったのだった。



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