仲間


「屋敷に戻る?!」

咄嗟にでた自分の驚きの声が思った以上に大きく、はっと我に返った。

相澤消太は、職員寮のロビーで注目を集めてしまった事に少し恥ずかしみを感じながら、再び目の前に立つ零に視線を戻した。

「なんでまた、急に…」

突然やってきては、平然とした様子で自宅へ一時的に帰りたいと言い始めた彼女の心境が全く持って分からない。
特に今ここでの生活はさほど苦にはなっていないだろうし、元々荷物が少ない零にとって、今更忘れ物を取りに行く…なんて事はまずないだろう。

唖然とした様子で彼女を見つめて数秒間。零は口を渋らせながらこう返した。

『少し調べ物がしたくて…。いけませんか?』

「いや、いけない事はないが…」

行くなと言う理由はなく、行ってこいと快く見送る訳にもいかなかった。
なぜなら先日の死穢八斎會の事件で、敵が彼女を狙う可能性があるという事を知ってしまったからだ。

いくら隠密ヒーローであり、強さを知っているとはいえ、彼女に弱点がない訳では無い。
痛い目を見ても単独行動を取りがちな彼女は、時に不安要素でもあった。

「正直言って、1人で行かせるのは気が引ける…。せめて俺が行ける時にしろ。」


『教師のあなたが引率しては、学校側に問題があるでしょう。それに、何日滞在するか分からないんです。日帰りでいける距離でもないんですから、それは無理な話ですよ。』

「……っ、」

彼女の言う事は最もだ。正論なあまり言葉を詰まらせる自分に些か腹が立つ。
そんな中、その話を遠くから耳を済ませて聞いていたオールマイトが控えめな様子で口を挟んできた。

「難しい問題だな…。ちなみに零くん…どうして屋敷に戻ろうと思ったんだい?」

『……死穢八斎會の治崎に捕まっていた時、奴から少し気になる話を聞いたんです。』

「「気になる話?」」

彼女の答えにふたつの声が重なった。
あまり答えたくない様子の彼女をオールマイトと共に眼差しを送れば、噤んでいた唇はゆっくり解かれた。

『奴は最初から私の事を知っていました…。というより、どうやら私の父が八斎會の組長と交友関係があったようで、わたしとも面識があったようです。』

「なっ…それは本当か?!」

『はい。まぁ、私は一切記憶にないんですけどね。』

衝撃的な事実を突きつけられ、思わず荒々しい声が漏れるも、目の前にいる彼女は至って冷静を保ったまま話を続けた。

『正直“あの人”が誰とどういう交友関係を築いていたかなど興味はありませんが、現服部家頭首として、先代党首が何をしようとしていたのか…何を企んでいたのかが少し気になりましてね。』

実の父のことを冷たい声で“あの人”と呼ぶ零は、背筋に寒気を走らせるほどの恐ろしさがあった。

彼女の父を庇い立てする気は毛頭ないが、実の娘にここまで嫌悪されているのを見るのは正直心苦しい。

今度はその話を聞いていたオールマイトが彼女に尋ねた。

「その交友関係を探るのに…アテはあるのかい?」

『屋敷に父が記した日記があるはずです。過去に一度しか見たことがないので、どこまで記されているかはわかりませんが…。今までそれから目を背けて読むことすらしていなかったから、もしかしたら何か手がかりがあるかもしれないと思ったんです。』

「そうか…。」

淡々と話す彼女に対し、オールマイトは切なげな表情でそう呟いた。
恐らく彼女の今までの経験と歩んだきた道を知っている彼も、今の言葉を聞いてなんとなく察したのだろう。

零が目を背けてきたのには、恐らく理由がある。
大方、幼い頃の彼女を思う気持ちが記されているのだろう。
誰だって実の娘への恐怖心を綴る日記など、読みたくはない。

「……それなら尚更、お前一人じゃない方がいいんじゃないのか?」

『心配症ですね、消太さんは。』

「私も相澤くんの意見に賛成だよ、零くん。もしかしたら治崎の件で敵連合が君の存在を知り、君を狙う可能性だってゼロではないからね。一人で行動をとるのは迂闊だ。」

こちらの心配する様子を察して加勢くれたのだろう。
自分が言うのと、彼から言われるのでは重みも違う。

案の定零はそれを聞いた後、うーんと唸っては再び口を開いた。

『わかりました。一人でなければいいんですね。』

「「ん?」」

『私の相方に同行を頼みます。たぶん理由を説明すればいいって言うでしょうし……』

「ちょ、ちょっと待て。おまっ…相方なんていたのか?!」

あまりにもの衝撃的な発言に立ち上がって聞くと、彼女はさも当然かのように答えた。

『いますよ?相方といっても、隠密ヒーローの半ば柱的存在に値する人ですけどね。』

彼女はそんな事をしれっと零しては、有無を言わさずくるりと踵を返して早々と出ていった。

残されたオールマイトと2人、しばらくポカンと口を開けたまま彼女を見送りつつ、はっと我に返って深く溜息を零した。

「やれやれ…あいつはいつも危機感というものを知らんな…」

「まぁ、仕方ないさ。零くんの育った環境上だしな…。むしろだいぶまともに育ってると思うよ、私は。それは君が彼女のために通い続けたかいがかってこそ…だろう?」

小さく笑みを浮かべてそう言うオールマイトに、つられて苦笑いを浮かべるのであった。


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