背負うもの


夕暮れを眺めながらバスに揺られる中、隣に座る轟がポツリとこんなことを零した。

「零にとって、エンデヴァーってどんな奴なんだ?」

その質問の答えには、少しだけ悩まされた。
出会った当初は正直口には出せないほど酷い扱いだったと思う。
まだ13にしてプロヒーローと肩を並べて戦う自分を、どう動こうと邪魔だの目障りだのと言われていた。
しかしいざ交戦を終えると、彼は実力を認めてくれたのか徐々に背中を合わせるようにもなり、言葉を交わす機会も増えていった。

今思えば実はあれは優しさの裏返しで、自身の子と歳の近い自分を見て、この危険な世界から逃がそうとしてくれていたんじゃないか…とさえ思うが、きっとそれを言ったところで轟は信じてはくれないだろう。

しかし、変わろうとしている父に興味を持ち始めているようなようなその言葉に、曖昧な返事をしたくはなかった。

『そうだな…よく心配してくれるし、すぐ怒るし、厳しい人だけど、私には少し“父親”のような感じにも思えるな。』

「父親?アイツが?」

信じられない、という表情を浮かべる彼に小さく肩を竦めた。

『まぁ、焦凍くんからすればそうは思えないかもしれないけど…少なくとも私は、仕事をよく共にする彼を尊敬しているし、言葉足らずだけど根は優しい人だと思ってるよ。』

「……」

『……こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど…私は、君が少し羨ましい、かな。服部家の当主は、あんな風に自分の子供のために変わろうとする父ではなかったし。』

血の繋がった子供に期待することも、優しい声をかけるのも、今までだって一度たりともなかった。
確かに実の息子である轟にとっては、己の野望を背負わされ、血反吐を吐くような修行に耐えさせられ、挙句の果てに母との繋がりをボロボロに引き裂いた男に見えるかもしれない。
それでも、自分の視界にうつるエンデヴァーは、やり方は間違っているにしろ、息子を思う父の姿であるようにしか見えなかった。

何年経っても自分を決して受け入れようとせず、幽閉してその存在を恐れ、一切向き合おうとも会話をしようとさえなかった自身の父とは、あまりにも大きな差だった。

あの人がもし今も生きていたとしたならば、きっと自分は今頃こうして自由を手に入れられなかったのかもしれない。
そして……

ーー“ うちの親父とあんたの父親は、交友関係があったんだよ。”

治崎に言われたあの言葉を、未だに気にかけていた。
元々何を考えていたかわからぬような人だったが、まさか国を影で支え、その名を轟かせた服部家が、裏でそのような怪しげな動きをとっているとは。

そう考えに耽っていると、隣の轟が弱々しく声を漏らし、我に返った。

「……悪ぃ…そうだよな。零の事全然考えてなかった…」

『あぁいや、そういうわけじゃ…。でも、もし私の事を気にかけてくれるのなら…少しでも君の為に変わろうとしているエンデヴァーを、見ていて欲しい。』

「……わかった。零がそう言うんなら、努力する。」

彼はそんな自分の言葉を、ストンと胸の中に落ちるように素直に受け止める様子は、実に微笑ましかった。

正直轟の態度は、今までエンデヴァーがしてきた事を考慮すれば、当然だとは思う。
ただエンデヴァーの事を知っているからこそ、彼の気持ちが分かることもある。
だがお節介を焼くつもりなどはない。
これは轟家の家族の問題だ。

それでも自分を変えようとしている人が近くにいるのに、それから目を背けることだけはできなかった。

人は誰だって変われる。
その先に“背負うもの”が大きければ大きいほど、強くなれる原動力にもなる。

そんな考えとは裏腹に、7年前に失った父の事を思い出しては、ある行動に出ようと心の中で決意を固めたのだった。



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