背負うもの


すっかり日も落ちかけた頃。
ようやくコスチュームから着替え、轟達が外へと姿を現した。

雄英の教師2人と士傑高校の教師が今後協力的な友好関係を築きたいと話をしているのをぼんやりと眺めていると、いつの間にか隣に轟が立ち、静かに声を零した。

「…エンデヴァーと何話してたんだよ。っていうか、やっぱり面識あったんだな……」

あからさまに不機嫌な様子は、どうやら会場内で彼と話している光景を時折気にして見ていたせいらしい。

なるほど。
普段優しく微笑む轟も、長年の因縁ともいえる関係性をもつエンデヴァーの事に関すると、こんな風に露骨に感情を出すようだ。
呑気に感心しつつも、彼と話していた事を当事者に言えるわけはないので、答えは黙秘と決まっていた。

『そのうちわかるよ。今はまだ内緒。』

「ダメだ。教えろ。」

『ダメって…』

一向に引きそうにない彼をに眉を下げる。
するとそんな2人にふわっと風が吹いたかと思えば、視界が突然遮られた。
全視界にも入り切らないその物体を見上げると、至近距離に夜嵐の姿があった。

『よ、夜嵐くん?!』

「雄英の引率の方ッ!!またお会いできましたね!!」


突然の登場に驚きつつ、実際目の前に立たれると凄まじい体の大きさに思わず一歩後ずさる。
轟もある程度背が高いと思っていたが、今では夜嵐の身体に隠れてしまって、姿が見えなくなっていた。
目を真ん丸にして棒立ちしていると、夜嵐はこちらの手を取り、目をキラキラさせてこう言った。

「あのっ!実は自分、士傑高校の夜嵐イナサといいまして…!」

『は、はい知ってます……』

「ですよね?!嬉しい!嬉しいっス!!実はあなたとお近付きになりたくて何度か轟に頼み込んでたんスけど、こいつなかなか首を縦に振ってくれなくて…連絡先、教えて頂けませんか?!」

『え、えっと、はい……?』

圧倒する勢いと声に動揺しては、訳もわからず返事を返す。
それを聞いた夜嵐はパッと表情を赤らめて、ポケットに手を突っ込んだ。
すると、ムスッとした表情を浮かべた轟がその手を掴み、不機嫌そうな低い声を出したのだ。

「何勢いに任せて連絡先交換しようとしてんだ。零困ってるだろ。」

「えぇ?!轟邪魔すんなよッ!今零さん、いいって言ってただろ!」

「こいつは押しに弱いんだ。お前が直接聞いたら交換せざるを得なくなる。」

「よくわかんねぇけど止めるな轟ィッ!だいたいお前が口を挟む問題じゃないだろうっ!」

「うるせぇな…そもそも零はウチの引率だ。ここに友達を探しに来てるわけじゃねぇ。」

なぜか2人が目の前で言い合いを始め、どう止めたらいいか分からずしばらく傍観に回るも、次第にエスカレートしていくのに耐えられず、咄嗟に口を挟んだ。


『待って待って!…連絡先だけとりあえず交換しよう!これから士傑高校と接触する機会も増えるかもしれないし、私なら全然いいから!だから喧嘩しないで!』

「マジっすか?!あざーっす!!」

どういう訳か、さっきまで轟の手を退けるのに苦戦していた彼の力が強まり、一瞬で拱いていた手を払い、素早くスマホを取り出した。

彼の切り替えしには恐れ入るな、と感心しつつ自分の連絡先を伝えた。
交換を終えると、彼はスキップして同じ学校の生徒の方へと戻っていき、その場にあからさまに不機嫌なオーラを纏った轟が残った。

「……零。」

普段は優しく呼ぶその声に、ひしひしと怒りが伝わってくる。
“ごめん…”と小さく肩を竦めて笑うも、彼は眉を顰めてじとりと睨んだ。
その恐ろしさを痛感しているさ中、エンデヴァーが背後にたち、口を挟んだ。

「驚いたな…焦凍が朧のプライベートに口を挟むような関係になってたとは…」

『……え?どういう意味ですか?』

「……っ、余計な口挟むなっ!!」

彼が発した言葉の意味が分からず首を傾げる一方、轟はなぜか慌ててそれをあしらうように苛立った声をあげた。

相変わらず父への嫌悪感が強いらしい。
初めてふたりがやり取りする場をみて胸を痛めつつも、
エンデヴァーが何か話したげな様子なのに気づき、空気を読んで一歩後方へと下がった。

「焦凍。久しぶりだな…随分変わったな…」

そう静かにこぼし、父親としての手を伸ばした。
しかし轟は更に怪訝そうな顔で、その手を払い除けた。

「うるせぇよ。」

初めて聞く彼の拒絶する声だった。
エンデヴァーはよほどの衝撃を受けたのか、しばらく沈黙の後、静かに零し始めた。

「…焦凍。お前は“自慢の息子”だ。…ならば俺も、お前が胸を張れるようなヒーローになろう。……父はNo.1ヒーロー。最も偉大な男である、と。」

「…ふん、勝手にしろよ。」

エンデヴァーが息子を見る目に、父親として彼を見ようとしている優しさを感じた。
不覚にもそれを見て自分の父親と比べ、複雑な感情を抱いていると、先程の夜嵐がなぜか鼻と口から血を流した姿で、彼らの元へ歩み寄った。

「エンデヴァー!俺、応援してるっす!」

「ありがとう。…血が凄い出てるぞ。」

『ちょっ、夜嵐くん血が…!』

慌ててハンカチを取り出し、彼の顔を拭こうと手を伸ばすと、なぜか轟に腕を掴まれて阻止された。

『…焦凍くん?』

「あれは放っといていい。それよりさっきの…」

「朧。」

『……?』

怪訝そうな顔をしている轟を他所に、再度エンデヴァーに名を呼ばれて振り返る。
彼は轟と自分をしばらくじっと見つめながら、小さく息を零し、口元に笑みを浮かべた。

「また仕事で会ったら頼む。それと、焦凍をこれからも頼む。」

『えぇ。もちろんです。』

「…今度ゆっくり茶でも飲みにこい。今までは仕事の時以外にさして話したこともなかったからな…。お前の話を少し聞いてみたくなったよ。」

『……はい、喜んで。私も…エンデヴァーといろんな話がしてみたいです。』

そう笑って返すと、ご機嫌斜めの轟とは反対に、満足そうに微笑んで踵を返し、その場から去っていった。

その大きな背中は、今まで見てきたどの姿よりも優しく、何かを強く決意した凛々しいものだと悟った。

彼はきっと変われる。
そしてきっと、家族との溝も埋められる日が来るだろう。
世間からも轟からも、No.1ヒーローとして認められるような…そんな日が来ることを、彼の背中を見送りながら、心から切に願うのだった。



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