背負うもの


早くも子供たちのペースにされている轟達の様子を見守る中、隣にいるエンデヴァーが不思議そうな表情を浮かべているのに気づいた。

『…?どうかしました?』

「……いや。少し見ぬ間に、随分変わったな。お前が誰かと行動を共にし、誰かをそんな優しい目で見守るようになるとは…」

そんな彼の言葉をきっかけに、雄英高校に入る前の事を思い出した。

ーーあれは目が…心が死んでいる。

誰かが“朧”に対してそんな感想を話していたそうだ。

当時はそんなような噂話を度々耳にしても否定する気もなく、それどころか他人事のように的を得た適切な見解だとすら思っていた。

正直自分でも、そんな風に言われても仕方がない態度をとっていたと思う。
仕事の依頼があればヒーロー達と顔合わせするわけだが、基本的には仮面を被っていて素顔は見せなかったし、誰かに何かを思うような事すらなかった。
いわば“人形”とさして変わらない。

そんな人間が雄英高校で生活をするようになり、相澤を筆頭に1-Aの皆とありのままの自分で接したことで、少しずつ心の持ちようや考え方が変わっていった。

特に先日起きた死穢八斎會の件では、多くのヒーロー達に助けて貰った。
その時、実は密かに“朧”の事を気にかけてくれていたヒーローがいたという事にも気づくことができた。

そして、ナイトアイの自分に対する“思いやり”が痛いほど感じれた。

皆がくれる“温かさ”を知った。

ただそれはきっと、轟が初めて言ってくれた“あの言葉”があったからだ。

『…確かに変わったかもしれません。でもそれは、あなたの息子…焦凍くんの言葉がきっかけだったと思います。』

「……焦凍が?」

静かに零した言葉に、彼は耳を傾けた。

『無口な俺にとって、あんたの個性は“ありがてぇ個性だ”って。彼は私の個性を知った時、そんな風に言って優しい笑顔を見せてくれました。』

父の言うように、きっとありのままの自分を受け入れてくれる人などこの世に存在しないと、心のどこかで思っていた。
けれど彼は、ずっと欲しかった言葉をすんなり零してくれた。
あの時の嬉しさと轟の優しい声は、きっと永遠に忘れることは無いだろう。

思い出しては自然と口元に笑みが浮かべつつ、話を続けた。

『それに彼は、出会った頃の私の目を見て、俺の知っている人と同じ…絶望と哀しみの目をしているから放っておけない、とも話してくれました。』

「……っ、」

エンデヴァーもそれに心当たりがあるのか、ぐっと押し黙ったように口を紡いだ。

ひょんな話から、轟が自分と誰を重ねているのか聞いてみた時があった。
轟は悲しげな表情をしながら、それが自身の母親である事を告げた。
その母は自分が生まれてきた事を最初は喜んでくれたものの、後に父親の面影と重なって見えるようになり、苦しみ、そして心に大きな病を抱え、自分の存在を引け目に感じて会う事すらできなくなったという。
しかし最近少しずつそんな母と向き合い、今まで開いてしまった距離を縮められている気がする…と嬉しそうにも話していた。

そして彼の話で一番気がかりだったのは、母とそんな関係になってしまったのは、実の父親が原因だ、と冷たい表情で話していた事だった。

轟が話す“父”がエンデヴァーだったという事には正直随分驚かされたものの、それを知ったことでこうして轟家の内情を少しだけ悟れたような気もした。

自分が知る限り、エンデヴァーという男は“強さ”を求めるあまり周囲には目もくれず、誰よりも自分に厳しくしてきた人だ。
そのせいか他人の気持ちに寄り添えず、何かと不器用で上手く気持ちを言葉で伝えたり優しい言葉がかけられるような性格ではないし、口数も少ない。

これはあくまでも推測ではあるが、自分の知る彼と轟の零した言葉を合わせて考えると、エンデヴァーはNo.1に追い付けなかった悔しい思いを息子にさせないために…息子は誰よりも強くあって欲しい。という子を思う父としての願いが強すぎて、少し歪んだ愛情を与えてしまった結果なのではないのか、という考えに至った。

たぶん、やり方や伝え方が違っただけだ。
エンデヴァーだってヒーローとしては最強だが、一人の人間として完璧なわけじゃない。
現に今彼も、どういうヒーローであるべきなのかという事を悩んでいる。
悩む事は大切だ。
むしろ彼が変わろうとしているのであれば、心から応援したいと思う。

そしてできる事なら、轟との親子関係も改善されるといいと切に願いたい。

なぜならエンデヴァーは変わろうとする意志を持ち、自分の見てきた“父”とは違い、子に対して父親としての愛情を持っているからだ。

『…エンデヴァー。変わろうとしてるのは、私や貴方だけじゃない。焦凍くんも、少しずつ嫌っていた個性を受け入れ、自分に何ができるのか。自分の周りにどんな人がいてくれるのか…そういう大事なことと向き合おうと、今必死にもがいて頑張っています。
人々にとってどういうヒーローで在りたいのか。どういう平和を作り上げていくか…。あなたがもしそんな事に悩み、その答えを見つけようとするのであれば、まずは頑張っている大切な息子…焦凍くんともっと向き合ってあげてください。あなたなら、時間をかけてでもきっと彼にとって、“自慢の父”になれるはずですよ。』

「朧…。」

『私の知る限り、エンデヴァーというヒーローは不器用だし愛想はないけれど、本当は優しい人だと思ってます。だって、あなたが私にあまり強く言い返さないのも、時折見守るように暖かい目で見てくれていたのも、焦凍くんと同じで私を“ある人”と重ねて見ていたからでしょう?』

そう彼を見て言うと、ぎょっと目を大きく見開けて逸らした。

それとほぼ同時に会場内がオーロラに包まれ、突風が吹き出したり巨大な氷ができたかと思えば、可愛らしい笑い声や楽しそうな声が飛び交っているのに気がついた。

そんな素敵な光景に、思わず「わぁ…」と感動の声が漏れる。
ふと轟に目線を変えれば、子供たちに囲まれながら優しい笑顔を浮かべている様子が見え、講習はうまくいったのだとほっと胸を撫でおろした。

そしてしばらく黙って話を聞いていたオールマイトが、ようやく静かにエンデヴァーに応えた。

「零くんの言葉は、いろいろ複雑な環境で生きてきただけあって重いな…。なんの為に強くあるのか…エンデヴァー。答えはきっと、とてもシンプルだ。」

エンデヴァーは数秒口を閉ざした後、フッと息を吐いては小さく口元に笑みを浮かべた。

「ふんっ……小娘のくせに、言うようになったな…」

『もう小娘でもないですよ。今年で二十になりますから。あぁでも、エンデヴァーからしたら焦凍くんとあんまり歳変わらないから小娘か…』

「「…(そうだ…この子、まだ未成年だった)」」

変な事を言ったつもりはないのになぜか、両サイドにいた二人が目を細めてじとりと見つめられた。

そんなやり取りをしているうちに、今日の講習会は幕を下ろした。
一足先に観客席を後にし外へ向かう中、隣を歩くエンデヴァーの表情が数時間前よりも少しだけ晴れているような気がした。



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