背負うもの


コーヒーだけではさほど時間を潰せなかったのか、なんやかんやでプレゼントマイクも戻り、結局4人が集い観客席へと向かった。

視界が開け講習風景が見えると同時に、活気ある雰囲気が伝わってくる事に小さな感動を覚えた。
しかし襟元を掴んで離さないエンデヴァーが突然大きな声をあげ、至近距離にいた体が無意識に跳ねた。

「焦凍ぉぉぉッ!お前はこんなところで躓くような人間じゃないッ!格の違いを見せつけるのだぁッ!」

……最悪だ。
基本の生活を極力目立たないよう、密かに生活しなければならない自分にとって、エンデヴァーの大胆かつ目立つ行動は正直言って仇になる。
特に彼が思い入れの強い息子がその場にいると尚更感情が熱くなるようで、早くも頭を抱える羽目になった。
そして彼の大きな声により、補習生たちの視線が一気にこちらへと向いたのを感じた。

「エンデヴァー…なんでいるの?」

「まじか…」

驚きの声とともに、彼の威圧的な存在で表情を強ばらせている。それは決してこの場にNo.1ヒーローが現れた事に喜びを感じているようではなかった。

無理もない。
最近オールマイトが引退した後、スライドしてNo1ヒーローとなったばかりの彼を、平和の象徴と同じように誰もがすんなり受け入れられる訳ではない。
加えて面倒みがいいタイプでもないし、ただ強さだけを求めてあがってきた男だ。今の地位まで登りつめた彼の実力は認めても、決して人気溢れるオールマイトとは相容れない存在であることは、恐らく誰の目から見ても明白だ。

そう察する中。生徒たちの中の視線に交じりつつも背中が凍り付くような冷たい2つの視線を感じ、無意識にそちらへと目線を移した。

その先にあった姿は、前回の仮免試験の時に凄まじい印象を残した少年・夜嵐イナサと、今しがた事を荒立てた当人である轟の二人だった。

特に夜嵐の目からは、軽蔑や憎悪のような意味をこめて視線な気がした。周囲の生徒達とは違い、彼の登場に口を開くこともなくただじっと見つめている。
隣にいた轟の目は、やはり強い憎しみを抱いたような冷たいものだった。

なんにせよ、さすがに今のエンデヴァーの行動には問題がある。
せっかく仮免試験を再度取得しようと頑張っている生徒たちに対し、息子一人を取り上げてそんな声をかけるとは、トップに立つヒーローとしてとっていい行動ではない。
エンデヴァーに対するふつふつとした不満を、ここぞとばかりに打ち明ける気持ちで大きな声をあげた。

『…っ、エンデヴァー!皆さんの気が散るんで静かにしてください!』

「なっ…」

隣に立つ彼は、驚きのあまりか咄嗟に大きな身体を逸らした。
しかし時は既に遅く、エンデヴァーに加えオールマイトまで姿を見せ、会場は更に騒がしくなってしまった。

「あれ…エンデヴァーの隣にいるの、オールマイトだ!!」

「すげぇッ!」

「あの隣にいる美人の女の人誰だ?見た事ねぇけどヒーローか?」

「やばくね?!誰だろう!めちゃくちゃ綺麗!」

「スタイル良いーっ!まだ若いよね?」

生徒たちの歓喜の声が上がると共に、そんな二人の間にいた自分の話題までが持ち出されてしまった。
結局この二人といると目立たないようにいる事はどうやら免れないらしい。

「ほらもう、目立っちゃった…」

『…エンデヴァーのせいでですからね。私本当は目立っちゃいけない立場なんですけど…。』

「ぬ…すまん…」

「君、相変わらず零くんには弱いんだね。」

「……うるさい。」

オールマイトを交えてそんなやり取りをする矢先、今度は大きな叫び声が会場内に響いた。

「ああぁぁぁぁぁっ!!」

ぎょっとして再度生徒たちの方を見ると、先程まで鋭い視線を送っていたはずの夜嵐が、パッと表情を赤らめてこっちを見ているのが目に付いた。


「仮免の時に引率に来てたお姉さん!!またお会いできて嬉しいっす!!」

『え、えーと…どうも?』

大きな手をあげて左右に振る彼を見て、よく分からないがひとまず控えめに手を振り返した。すると夜嵐の元に轟が近寄り、何かを囁いて半ば強引に彼を連行していく光景を目にした。

二人がいつの間にか仲良くなっている事にも驚きだが、まさか夜嵐が自分の事を気に留めていた事のほうが衝撃的で、ぽかんと口をあけたまま二つの背中を見送ると、去り際に轟が振り返って優しい笑みを浮かべた。

「見ててくれよ。零。」

決して大きい声ではないが、聞きなれたその優しい声はしっかりと届き、少しだけ笑顔にさせてくれた。

『うん。頑張ってね。』

そう独り言のように吐き出しては、ひとまず近くの椅子に腰を下ろしたのだった。


ーーー

仮免講習が開始され、会場内に幼い子供たちが登場したと共に彼らの今日の課題が発表された。

どうやら今回は、ひんまがった年頃の子供たちを正しい方向へと導かなければいけないという難題らしい。
他人事のように耳にしながらも、密かに自分なら到底クリアできそうにない…と無意識に苦笑いを浮かべていた。

すると腕を組んでどっしり構えていたエンデヴァーが静かに口を開いた。

「朧…。お前はさっき、俺と焦凍が似てないと言っていたな。そんなに似てないか?」

『似てませんね。』

「……」

「零くん…そんなハッキリと…」

キッパリ言い切ったせいか、ただでさえ口数の少ないエンデヴァーが眉を顰めて固く口を閉ざした。
それを聞いていたオールマイトが苦笑いを浮かべながら「本当に怖いもの知らずだなぁ…」と再び小さく呟いた。

世間がエンデヴァーをどのように見ているかは知っているし、ヒーローが彼の強さと無愛想な人柄に、実は恐れているのも知っている。
反対にいえば、実はこんな形や態度をしていても、不器用なだけで本当は優しい心を持つ人だということも、今まで仕事で手を組んできた自分は理解しているため、実際怖いと思ったことがなかった。

「…で、話って?」

オールマイトの静かなその切り出しに、エンデヴァーはここ1ヶ月の間に犯罪率があがったこと。オールマイトが背負い、築き上げてきた“平和の象徴”がどういうものなのかという疑問を彼に問い始めた。

最初は彼の口からそんな質問が上がってきた事に酷く驚かされたが、どうやらNO.1ヒーローになってから見えた世界が思っていたものとは違い、彼の視点が少しずつ変わりつつあるようだ。
世間の目は、どうしても元No.1の人間と現在No.1になった二人を比べてしまう傾向がある。
そういう情報がネットやニュースで流れる中、実際犯罪率も上がりつつあるこの現状を不安に思い、彼なりに今後どう動かなければいけないのか考えているととってもいいだろう。

そしてその答えを求めて、オールマイトと話をする機会を設けた…何よりも隠しても表面に出ている悔しげな表情がその証拠だった。

ヒーローの志や考え方、言動は人それぞれだ。
特に隠密ヒーローたる立場に立っている自分は、少なくとも両隣に座る2人とはまるで違う。
しかしそんな話を聞いて、自分の志や在り方が少しずつ変わりつつあるということに、この時はまだ自覚すらしていなかったのだった。


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