背負うもの


職員室へと戻る間、目の前で戦闘を見届けた教師組の話題は朧で持ち切りだった。

「それにしても、やっぱ格段に強いわねぇ。朧ちゃん。」

「あわよくば実況しようと思ってたのに、自分まで見るのに夢中でそんな余裕がなかったぜ…俺としたことが、だせぇ…」

「彼女の戦闘センスと身体能力は、いつ見ても素晴らしいものだね。隠密ヒーローという選択ではなく、普通のプロヒーローとして活躍していたとしたら、人気は間違いなしだろうなぁ。」

ミッドナイトから始まり、マイク、オールマイトが先程の授業の余韻に浸りながら、そんなことを零した。

相澤消太はそれを聞いて静かに笑みを浮かべた。
零の存在が、ここにきて確実に変わってきている。
彼女の事を知る人が増え、その強さを認め、積極的に接していく。そして、零自身を温かく見守ってくれる人が、少なくともここに3人はいる。
そう安堵していると、ミッドナイトが歩きながらもこちらの顔を覗き込み、にたっと嫌な笑みを浮かべた。

「な、なんですか…」

「いいのぉ?イレイザー。彼女、生徒にも結構好かれてたじゃない。私の勘で言えば、特に緑谷くんと轟くん…それから今はまだだけど、爆豪くんもそのうち怪しくなるかもよォ?」

「確かにあれは結構あちぃ眼差しだったぜぃ!歳も近いし、こりゃうかうかしてられねぇなぁ、イレイザー!」

「だからなんの話だ。俺は別にアイツが誰に好かれようと関係ない。」

「またまたぁ!そんなこと言っちゃって!ダメよぉ?イレイザーの方が歳離れてるんですし、リードしなくちゃ!」

「あれくらいの無知女の子には、時には過保護の目じゃなくて大人の男としてアピールしてごり押ししねぇと伝わらねぇぜぃ!」

「なんでマイクに恋愛アドバイスされなきゃならんのだ。っていうか、話聞いてるのか二人とも。」

じとりと細い目で睨むも、二人は茶化すのをやめようとしない。
苛立ちが増しつつもぎゅっと拳を握ると、オールマイトが間に入って、まぁまぁ…と宥めた。

「恋愛感情は別として、確かに零くんも生徒と溶け込んできて、少しずつ感情が豊かになってきているのは間違いないし、いい事だと思うよ。」

「…まぁ、そうですね。俺としても助かってますよ。アイツらも零と上手くやってくれてるので…」

そう返すと、彼は小さく微笑んだ。
二人が言う事も分からないわけではないが、別に今彼女の関係性を進展させたいとは思ってもいない。

純粋に、今最も彼女にとって大切なのは“知る”ことだ。
爆豪の言い方は荒々しかったが、彼の言う通り少なくとも雄英高校という小さな世界では、個性の質で人を判断しないし、零を否定的にも捉えない。
世の中には零の持つ個性を心から受け入れてもなお、寄り添ってくれる人がいるという事を知り、彼女自身持つ狭い視野を破壊する事が先決だ。

だからこそ、零の存在を受け入れる事のできた1-Aに、今回は実戦上で彼女がどういう存在なのかという事を知ってもらうための授業を設けた。

「でも、こんな調子でいいの?イレイザー。」

想いに浸っている中、突然ふられたミッドナイトの声に首を傾げた。
先ほどまでの意地の悪い笑みは消え、深刻そうな眼差しでこちらを見つめ、再び口を開く。

「彼女、隠密ヒーローなのよね?なんかここに来て、結構謎だった部分がどんどん解明されていく感じがするけど…支障はないの?」

「…」

その問いに“ない”、とすぐには断言できなかった。
しかし殻に籠っていた零にとって、今は必要な事だ。
だからずっと心の中に隠しておいた本音を、この時容赦なく零したのだった。

「ぶっちゃけ、俺は認めてないんですよ。先代から引き継がれてるのか何なのかは知りませんが…服部家のしがらみが強すぎて、アイツは視野も狭く、知らない事が多すぎる。
隠密ヒーローになった理由も…少なからずあいつの意志が入っているとしても、それは100%じゃない。今まで生きてきた中で、それしか道を知らなかった…。結局、家の歩んできた歴史と同じ選択肢しか、あいつにはなかったんです。だからいろんな事を知って、あいつが本当に自分の意志で朧として生きることを選ぶまでは…俺はあいつを隠密ヒーローだと認めるつもりはありません。」

「相澤くん…」

例え恩人に値するヒールハンドが彼女に与えた道でも、結局は先代と同じ道を歩む手段を別の角度から見て進めただけだ。
彼女にはもっと選択肢がある。
知らないが故に、それを突き進もうとしているだけなのだ。
もっと本音を零せば、隠密などという最も危険な仕事なんてやめて欲しいとさえ思っている部分もある。

だからこそ、今彼女にはいろいろ知って欲しいし学んでほしい。
そのためなら、例え隠密ヒーローとして支障がでる行為であろうが、正直言って知ったことじゃない。

「…し、シヴィぜイレイザーっ!!俺ァお前のその偉大な愛に感動しちまったよ!!」

「イレイザー、私強力してあげるから!あんたと朧ちゃんが上手くいくように!いろいろ手伝ってあげるから!ね?!」

「だからなんでそうすぐに恋愛感情へ話を持ってくんだ…全力で遠慮する。」

一人で思い詰めていた状況から、泣きながら訴える二人のせいでがらりと空気が変わり、正気へと戻った。
結局、話す相手を間違えた。と後悔しては面倒な二人をあしらいつつ、職員室へと戻っていくのであった。



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