背負うもの


緑谷出久は、轟が地面に這わせた氷を溶かし、彼女の方に目を向ける光景をぼんやりと見つめていた。

あの近距離で二人の攻撃を受けたんだ。
もし当たっていたとしたら、彼女の身もタダでは済まないだろう。
同時に、ハッとして不安が襲った。
もし万が一彼女が今の総攻撃で負傷したとなれば、それはそれで気が引けてしまう。

「……零さんっ……!」

早くその安否を確認したいと思いつつ、ぐっと静かに拳を握りしめる。
そしてようやく煙幕が消え、その姿が露わになった時。
全員があっと驚きの声を上げた。

「なっ……、」

誰もが目を疑った。
姿が見えなくなる寸前、たしかに手応えがあったと感じていたはずなのに。
開けた景色の中に彼女の姿はなく、あるのは粉々に砕け散った瓦礫だけだった。

あの攻撃を、あのタイミングでどう交わしたと言うんだ。
手のひらに汗を握りつつ、見当たらない彼女の姿を探せば、驚くべき位置からその声を耳にしたのだった。

『いやぁ、今のは危なかったなぁ。』

「「「零さん……!!」」」

驚きのあまり、生徒達は呼び慣れた名で彼女を呼ぶ。
朧は天井に足をつけ、逆さまのままピタリとくっついている。
どういう理屈で重力に逆らっていられるのかも分からないまま、足で天井を蹴り、ふわりと身軽に地面へと着地して体を起こした。

欠けた仮面を手に持ち、微かに腕にかすり傷はついているが他にどこも目立った外傷は見られない。

「ど、どうやって……」

「んで、くらってねぇんだ……」

一番その光景に納得ができない自分と爆豪の二人は、彼女の平然とした姿に思わず独り言が零れた。

目の前に降りてきた彼女の姿を見て、開いた口が塞がらない。
そしてそんな圧倒的な力の差がある朧の姿を見て、誰もが戦意喪失し、彼女に声を掛ける者など一人もいなかった。

「気は済んだか、爆豪。」

「……っ、」

気付けばいつの間にか相澤が彼の側へ立ち、見下ろして静かにそう尋ねた。

爆豪は悔しさゆえに、それに答えられなかった。
相澤はそんな彼の様子を見た後彼の心境を悟り、視線を朧の元へともどした。

「で、どうだった?朧。」

『どうもこうも…見てのとおりです。仮面が割れて、腕のサポートアイテムがボロボロです。』

眉を下げてそう答える彼女に、相澤は無言のまま肩で息を吐いた。

そんなやり取りをしてる間にようやく我に返り、恐る恐る尋ねた。

「ど、どうやって避けたんですか、最後の攻撃……」

ん?と小さく彼の方を見た朧は、先程闘っていた時の威圧感は消え去り、いつものよく知る零の優しい表情だったことに少しばかり安堵する。
そして彼女は説明を始めた。

『“空蝉の術”。って知ってる?』

「あの忍者がよく、丸太とかを自分の身代わりにする技っスよね?」

近くにいた上鳴がそう言うと、そうそう!と陽気に返し、話を続けた。

『緑谷くんと爆豪くんの挟み撃ちは、ちょっと余裕こいて避けるの遅かったから、咄嗟に使ったんだ。近くのセメントの塊と自分をすり替えて、あたかも手応えがあったように思わせる。そこから無傷の私が出てきたら、今みたいに動揺して相手のスキをつけるでしょ?』

「「「たっ……確かに……」」」

『まぁ仮面は爆豪くんの爆破でこの通り割れちゃったし、緑谷くんの一撃の威力は予想を遥かに超えていたからサポートアイテムにひび割れちゃった…その攻撃を受けさせるまでに注意を引き付けた麗日さん、轟くん、飯田くんと上鳴くんもみんな…大したもんだよ。』

「…全然大したもんに聞こえないぞ、お前。」

あはは、と後ろ頭をかいて笑う彼女に、相澤が目を細めて思わず突っ込みを入れる。
そして彼は再び、生徒たちへと目線を戻した。

「これがヒーローたちの中で、最も危険で重要な任務につく、隠密ヒーロー“朧”の絶対的な戦闘能力だ。少しは勉強になったか。」

その一言に、だれもが彼女との力の差を痛感し、力なき言葉が飛び交った。

「やべぇよ、零さん。何年やっても勝てる気がしねぇ。強すぎだ……」

「全然足元にも及ばない……隠密ヒーローってやっぱり凄いんだね。うちらダメダメだぁ……」

『まぁまぁ、そう気を落とさずに。確かに君たちの個性は強いけど、その応用性や攻め方、動き方を十分に理解してない。でもそれは、実戦を積めばつむほど磨かれる部分だからまだこらから伸び代があると思うよ。あとはその、自分で言うのもなんだけど…この体力をつけるようにしたのが、君たちよりも少し早かったから…』

彼女のその言葉に、皆は敬服する。
しかし、爆豪だけは違った。
負けたことが悔しいのか、拳をわなわなと震わせては零の前へ歩み寄った。

「……んでだ…」

『…?』

「てめぇ…今の戦闘、個性使ってねぇだろ!なんでそんなに強ぇのに堂々としてねぇッ!」

爆豪の怒りの訴えが意外だったのか、彼女は僅かに目を見開いて、そして静かにそれに返した。

『確かに今回個性は使ってない。個そもそも私の持つ個性は、戦闘向けじゃない個性だ。だから私は、元々の身体能力を鍛え、戦闘ができるように仕立てあげた。言ってしまえば、戦いにおいての攻めは、無個性とほぼ同等。』

「……っ、無個性とほぼ同等の、ヒーロー…」

その言葉に、酷く衝撃を受けた。
自分もオールマイトに個性を受け継ぐまで、無個性だった。
だとしたら、今目の前にいる彼女のように強くなれただろうか。
答えはNOだ。
彼女のように個性なしで戦えるように鍛えるには、想像すらできない程の修行を積んできたのだと思う。

“無個性でも、ヒーローになれますかっ?!”

以前、オールマイトと最初に出会った時、彼にそう尋ねたことがあった。
それはきっと、彼女のような芯の強い人が実現させるものなのだと、当時の浅はかな考えを情けなく思った。

『…だから私は、今の時代には不釣り合いなヒーローだ。君が認めるようなヒーローとはかけ離れ…』

「……っ、違ぇっ!!」

突然彼女の言葉を遮るように、大きな声を上げた。
爆豪の拳はさらに強く握りしめられ、そして零にむけて指を指し、凄まじい勢いで思いを吐き出した。

「いいか、零!ヒーロー社会がどうかは知らねぇが、俺たちの護衛についてここにいる以上、てめぇはてめぇだっ!そんだけ強ぇんなら、心を視ようが素性を隠そうが、何したって堂々としてやがれッッ!だいたい俺たちみてぇなヒーロー目指してる奴はな、個性の性質で人を見分けたり、ついてったりもしねぇ。見定める基準は、強さと…その志だろうがッッ!」

『…っ、』

「だからてめぇが悩んでた事や懸念してたことは、ハナから無駄だったって事だよッ!!分かったんなら二度と俺の前で適当な面すんじゃねぇッ!いいなッッ!?」

「か、かっちゃん…?」

気のせいだろうか。
あの爆豪が。
いや、あのかっちゃんが、零を認めているうえに、乱暴ではあるが彼女の不安要素を否定しているかのようにも聞こえてくる。

その言葉を言われた当人は、しばらくぽかんと口を開けたまま硬直し、終いには吹き出して腹を抱えて笑いだした。

『ぷっ、あははっ!!』

「なに笑ってやがんだてめぇッ!俺をおちょくってんのかコラァッ!」

怒りのあまり、手のひらを爆発させて再び怒鳴る。しかし彼女は目から流れる涙を拭いつつ、ごめんごめん。と謝った。

『“かっちゃん”があまりにも、優しかったからつい。』

「はぁッ?!優しくしてねぇだろーがッ!だいたい、てめぇが“かっちゃん”って呼ぶんじゃねぇっ!!」

『クソ女って呼ばれ続けた仕返しだよ。』

「〜〜ッ、」

「「「(ば、爆豪を黙らせた……)」」」

クラスの皆は、一番零と馴れ合う事を拒んでいた爆豪が思いやりのある発言をし、更には彼女が初めて声を上げて笑い、“かっちゃん”と呼んだことに、驚きの連発で目を真ん丸に見開いて二人を見守っていた。

そして少しばかり驚いて硬直していた相澤も、肩の力を抜いて声を張った。

「よし、今日の授業はここまで。今後零に聞きたいこととか相談がある奴は、遠慮なくしろ。俺が許可する。」

『えっ、なんで消太さんが許可?!』

相澤の思わぬ発言に彼女が突っ込むも、彼は他の教師のほうへと歩き始め、零を放置して行く。
そして次には轟が相澤の方へ行こうとする彼女の前へ立ち塞がり、真剣な表情でこう言った。

「…零、俺は“焦凍”がいい。」

『ん?轟くんは、仕返しする要素ないよ?!』

「…仕返しじゃねぇ。親しみの意味だ。」

どれだけ天然なんだ、と突っ込みたくなるほどの零の反応に、轟も引き下がらない。
それどころか他の皆も彼女の強さを知って、より一層距離を縮めたいと思ったのかどっと群がり始めた。

「ずるいよ轟!それなら私も下の名前で呼んで欲しい!」

「私も、梅雨ちゃんて呼んで欲しいです。」

「じゃあ俺も!」

『え、えっとまって!急には難しいんだけど!!』

この時背中を向けて歩いて行った相澤が、密かに生徒達と零のやりとりを聞いて微笑んでいたという事は、誰一人として知ることもなかった。

そして自分はーー

「零さん!!僕は“デク”がいいです!」

そんな事を言いに、彼女の元へと駆け寄ったのであった。


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