背負うもの
緑谷出久は、圧倒的な朧の強さに唖然としていた。
当時助けて貰った頃も強いとは思っていたが、ただヒーローに憧れていたあの時と、実際にヒーローになるために数々のプロヒーローの戦う姿を見て、尚且つ自分も闘いの場に参戦できるようになった今の環境では、その強さを理解する度合いが違う。
隙がない、動きも速い、おまけに表情が見えなくて何を考えているかすらわからない彼女はまるで知らない人のようだった。
正直、そんな彼女に怯える自分もいて、どう戦えばいいのか躊躇する。
ただ一つ分かっているのは、先程から朧は個性を駆使していないという事だ。
恐らく今現状の戦いで見せている強さは、彼女自身の鍛え上げてきた身体能力と頭脳を持ち合わせたものだろうが、はっきり言って尋常じゃない。
彼女を見つめながら頭をフル回転する中、隣にいた轟が小さく声を漏らした。
「…零の…いや、朧の弱点なら一つだけ知ってる。」
「朧の弱点?!そんな物があるとはとても思えないが…」
飯田の意見に同じだった。
戦っている姿を見ている以上、そんなものは存在しないようにすら思える。
だが轟の目はギラギラと闘争心を燃やしているようで、ついその話を聞きたくなってしまい、促した。
「轟くんの知る、朧の弱点って?」
「あぁ。あいつ、両手足にバンドつけてるだろ。あれが戦闘能力をサポートするアイテムなんだって前話してた。つまり、朧自身は元々女だし、パワーはねぇ。あれさえ何とかすれば、俺達が押せるかもしれねぇ…と思う。」
「なるほど…確かに今はパワーすごいもんね。爆豪くんなんて、めっちゃぶっ飛ばされてたし…」
麗日の発言に思わず苦笑いを浮かべつつ、思考を戻した。
「じゃあその一点を集中して攻撃しよう。ただ問題はそこまでどうするか。朧のスピードは正直言って尋常じゃない。その状況で、どう攻めるか考えないと…」
「あのサポートアイテムに亀裂さえできれば、少しくらい気は動転するかもしれねぇ。だから、あそこに攻撃するのは…緑谷。お前いけるか?」
「…自信はないけど、やってみるよ。」
「じゃあそれ以外のメンバーで、緑谷が攻撃に回れるように朧の気を引く役割をしよう。麗日はできるだけ多くの瓦礫を朧に投げて、目を引きつける。飯田は個性を使えばたぶん、朧のスピードにも何とかついていけるだろ。そんで、上鳴は飯田について、アイツに少しでも触れたら電撃かませ。」
「お、おう…」
「轟くんは?」
「俺は、あいつの動きが鈍るようにここの地面を全部凍らせる。」
そう言いながら彼女の目を見つめた轟は、酷く闘争心を燃やしていて、いつもの様子とはかけ離れていた。
むしろ彼の朧に対する想いから、今回の授業に1番消極的だと思っていた。
そんな彼がどうしてそこまで彼女を叩き込むような作戦が練られるのか、なんとなく今の心境が気になって尋ねてみた。
「轟くん、どうしてそんなに朧の事…」
最後まで言わずとも伝わったのか、彼は「あぁ。」と小さく零し、拳を握りしめて目線を彼女に向けたまま説明し始めた。
「俺はあいつの隣にいられるように、強くなりてぇ。だから本気で戦って、朧との差がどれくらいあるのか知っておきてぇんだ。」
強い、熱い意思が伝わった。
だからこそ、彼の作戦に賛同しようと彼と顔を見合わせて、口元に弧を描いては頷いたのだった。
再び交戦している様子に目線を戻せば、クラスでまだ挑んでいないのは、自分たちだけだった。
そして作戦は決行される。
「いくぞっ!!」
「おぅっ!」
「「「「うんっ!」」」」
轟が開始の合図を出したと共に、凄まじい勢いで地面を凍らせる。
次に麗日が氷と瓦礫に手当り次第触れ、ゼログラビティの個性を使用し、宙に浮かして彼女に投げる。
それに目線を集中させている間に、最初の第一撃だ。
朧は突然凍った地面に驚きつつ、身軽に宙に浮いて一瞬足場を発つ。
しかし個性が飛行系ではない以上、いずれは地面に足をつけなければならない。
徐々に降下していき、大凡の着地位置を確認したところで、飯田が声を発した。
「レシプロ……バーストッッ!!」
上鳴を抱えた状態でスタートし、一瞬で朧の間合いに入る。
彼女に触れて放電しなければならない上鳴は、何とかその速さについていきながらも、朧の肩に触れた。
「……っ、いっくぜぇ!」
『……っ、まさか……』
微かに朧の声が聞こえた気がした。
動揺しているのかもしれない。
ただ、正直これが交わせないとは思っていない。
「「なっ……?!」」
案の定、上鳴の電撃放出の直前に素早くその身を捻り、宙へと浮いた。
しかし氷と化した足場が弱かったのか、先程よりも動きが鈍い気がした。
……いけるかもしれない。
そう微かな希望を抱き、宙を舞う彼女へと飛び立った。
『……!』
ワンフォーオールの個性を発動し、足を加速させて一瞬で間合いを縮める。
そして完全に不意を着いたと思ったその時、逆サイドから突然、爆豪の姿が視界に入り込んだ。
「かっ……かっちゃん……?!」
「デクッッ!ぶっぱなせぇッッ!!」
「……っ、ワンフォーオール、フルカウルッッ!!」
言われるがままに、朧のバンドを目指して足蹴りをかます。
さすがに爆豪も攻め入ったことに動揺したのか、一瞬だけ彼女の動きが固くなったような気がした。
しかし完全命中とはいかず、腕に微かにかする結果となってしまった。
ただ効果は十分だったようだ。
パキッと小さな音が聞こえ、彼女のバンドに亀裂が入った光景を目にした。
ーーいけるッッ!!
「いっけぇぇぇッッ!!」
「くたばれクソ女ァァッッ!」
二人がほぼ同時に挟み撃ちで必殺技を放つ。
すると強い衝撃波が生まれ、建物中が揺れると共に爆発の煙幕で再び彼女の姿が見えなくなった。
その場に降下し、着地すると既にほかの生徒達もただ一点に視線を集中させ、闘いの成果を見守っている。
これでどうだ……!!
気づけばアドレナリンが放出し、“勝ちたい”という思いが強まり、朧の安否を心配することすら忘れてしまっていたのであった。