背負うもの


正午を回る頃。
服部は自らのコスチュームに着替え、指定された場所へと向かう。

教員のひとりである、セメントスが構造を自由に操れるように設計されているTDLにて、今日の1-Aのヒーロー基礎学がこれから執り行われる。

生徒と同じでもなく、引率としてでもなく。
今日は全く別の立場として、その場所へと入っていくのだった。


ーーー

緑谷出久は、午後のヒーロー基礎学において参加している教員の顔ぶれを見て、違和感を抱いていた。

いつも参加するTDLの土地を活かすメリットとしてセメントス、そして半ば1-Aの副担的な存在であるオールマイトまでは分かる。

しかし今日はなぜか、プレゼントマイクとミッドナイトまでが観客のようにきゃっきゃ話しながら待機しているからだ。

一体何が始まるのだろう、と心を弾ませていると、担任である相澤が時間通りにやってきては生徒の前へ立ち、声を上げた。

「今日の午後のヒーロー基礎学は、“実戦訓練”だ。」

「「「実戦訓練??」」」

カリキュラムと違った気がする、と疑問に思った生徒たちが何人か声を合わせ、首を傾げる。
彼はそんな様子を見ては、説明を始めた。

「要望も上がってる事だし、少しメニューを変更してな…今日はお前達に特別講師を用意した。存分に揉まれろ。」

「先生っ!特別講師ってのは一体誰でしょうか!!もしやそちらにいらっしゃる先生方のどなたかでしょうか?」

飯田の率直な質問には、誰もが同じだった。
相澤はそんな声を聞き、フッと口元に弧を描いた。

「そんな生易しいもんじゃない。」

「え……?」

どっと不安が募った。
前で待機している先生方に相手をしてもらうのが生易しい、という事は一体どういう意味なんだろうか。
思考を凝らしていると、その場に第三者の聞き慣れた声が突然現れた。

『すいません、時間ギリギリになっちゃいました。』

足音もなく、歩いてきた姿すら見えず、一瞬にして相澤の隣へ姿を現したのは、以前助けて貰った時に見た隠密ヒーロー“朧”の正装姿だった。

「零さん!?」

白い狐の面を被っていても、それが彼女だということは知っていた。
思わずその名を呼ぶと、彼女は仮面を外し少しだけ笑みを浮かべて口を開いた。

『そうか、緑谷くんはこの姿見た事あったね。』

そう言われて、ハッとほかの生徒達に方を向いた。
誰もが彼女の新しい姿を見て、動揺を隠しきれない様子だ。
そして今目の前にある彼女の姿こそが、正式なコスチュームを纏い、実際に活動している時の“朧”そのものであるということを、彼らは知った。

「も、もしかしてさっき先生が言った特別講師って……零さん?!」

「そう。……いや、“朧”だ。」

相澤は敢えて言い直し、その場にいる全員に認識させ直す。
しかしそこで、ある疑問が生まれた。
彼女が今日の授業の講師ということであれば、ほかの先生方はなんの為にここにいるのだろう、と言う点だ。

気になるあまりにそんな質問をあげれば、今度は相澤が肩で息を吐き、目を細めて呆れた様子でマイク達を指さした。

「あれはただの観客だ、気にするな。」

「か、観客って…」

「あはは、いやぁ。零くんが授業に参加するって話を聞いて思わず…」

「私も私も。たまたま授業がなくって、見学に来ちゃった!」

「俺は実況も兼ねてここへきたゼィッ!ま、1番はやっぱ隠密ヒーロー“朧”の力をこの目で一度見て見たくってな!!」

得意げに言う彼らを見て、相澤は酷く落胆し、零は照れているのか後ろ頭をかいて苦笑いを浮かべていた。

そしてそんな授業内容を聞いて、真っ先に1歩前へ出たのは爆豪だった。

「おい、クソ女ッ!まずは俺からだ!手ぇ抜くんじゃねぇぞコラァッ!」

「か、かっちゃん!?」

既に戦闘態勢に入る彼を見て、慌ててと目に入ろうとすれば相澤が再び声を上げて抑止した。


「勘違いするな、爆豪。1対1でやるなんて誰が言った。」

「……あ?」

「お前、こいつにサシで勝てると思ってたのか?お門違いだぞ。」

「なっ……、」

平然とした顔でそう言われ、爆豪は驚きのあまり身体を反らす。
サイドから、「あおいわねぇ。」なんてミッドナイトに微笑まれている事など、きっと彼の耳にすら届いていないのだろう。

「朧との勝負は20対1だ。全員で挑め。」

「「「えぇっ……?!」」」

「ほ、本気ですか?!先生!」

流石にそれは無理があるのでは、という考えに対し咄嗟に出た言葉だった。
だが相澤の表情を見るに、決して冗談を言っているようにも思えない。

生徒たちが激しく動揺する中、担任は再び圧力をかけるかのように言葉を吐いた。

「言っておくが、数で考えるなよ。お前らと歳は変わらなくとも、敵と交戦してきた数、経験は遥に勝る。戦いのセンスも観察力も並大抵じゃないんだ。」

その言葉にはどことなく重みを感じた。
自分たちが敵と交戦した後、以前よりも遥かな成長を遂げたと確信していた時があった。
しかしあったと言ってもたかが数回。入学したての頃よりは成長した、と言うだけの話だ。
比べて彼女は、わずか13歳にしてプロヒーローとなり、今現在も必要とあらば敵と交戦し、生き残り続けている存在だ。

確かに最初は、生徒全員相手にしたらさすがの彼女も無理なのではないかと考えたが、今まで歩んできた人生も、踏んできたか場数も雲泥の差と言っても過言ではない。

そう思うと、最初に彼女の身を少しでも案じた自分が浅はかだったと悟る。

そしてそれと同時に、影として活躍し続ける“隠密ヒーロー”の称号を授かった彼女の戦う様、そして実力をこの目で見てみたい…と好奇心を強く抱いた。


「何か質問がある奴はいるか?」

相澤はさっさと始めたそうに促す。
数秒沈黙が流れた後、轟が挙手して質問を上げた。

「個性は……個性の使用はどうするんですか?」

「だ、そうだが?」

彼の質問を、相澤が零にそのまま流す。
それを聞いていた彼女は、口元に小さく笑みを浮かべながらも凛とした声でこう答えた。

『もちろん、駆使してもらって構わないよ。』

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!万が一零さん…じゃなかった、朧が怪我をしたらどうするんスか?!リカバリーガールの治療受けれないんスよね?!」

経験からか、切島が焦ってそう尋ねる。
それについては、彼女の口から出はなく相澤が返した。

「それに関しては問題ない。そもそもまず、全員が束になってかかっても、それだけの重傷を追わせられる相手じゃない。まぁもし仮に万が一そういう事態になったとしても、俺や他の先生方が止めるから気にするな。」

彼の言葉に賛同している意思を見せるかのように、オールマイトたちも小さく頷いてこちらを見ていた。

「他にないか?ないなら始めるぞ。」

相澤の一言に、生徒たちが緊張感を走らせながらも各々で頷いた。

「いいか、間違っても手を抜くような考えはやめろ。一応言っとくが、俺は接近戦で朧に勝てた試しはない。」

「「「ええっ?!」」」

「朧も準備はいいか?」

こちらの動揺を他所に、相澤が彼女に用意していた木刀を差し出しながら尋ねる。
零は腰の刀を抜いて彼に渡し、代わりにその木刀を受け取って、ズラしていた仮面を元に戻した。

『いつでもどうぞ。』

そんな軽い返しの一言を合図に、朧と1-Aの実戦訓練が始まったのだった。



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