名前のない関係


「−−−まぁそんな感じで、そこから五年をかけて、少しだけ笑ったり、泣いたりの感情表現はできるようにはなりましたね。ただ正直勉学に関しては、途中からいつの間にか俺よりも賢くなって、終いにはアイツの頭脳が異常なんじゃないかとも思いましたけど…」

ようやく彼女との出会った経緯を説明し終え、ちらりとオールマイトの方を横目で伺う。
彼は目を点にした状態で固まっており、しばらくの間何一つの感想すらなかった。

「…オールマイト?」

「あぁいや、もちろん聞いてたよ!ただあまりにもなんか…幼い頃の零くんの考え方や過ごしてきた日々が衝撃的でつい…。彼女がなぜ今も、自己犠牲が強く人の助けを求めないのか、少しだけ理解できたような気がするよ。……でも、そうかぁ。君たちの仲は元々、あのヒールハンドが取り次いでくれてたんだねぇ。」

彼のそんな口ぶりは、ヒールハンドと面識があるような感じだった。

「まぁ…そうですね。きっかけはあの人で間違いないと思います。でも最終的には、俺の意思でアイツを育てようと決めましたけど。」

「思うに…彼女にとって君は、絶望たる孤独の世界から救い出してくれたヒーローじゃないのかな。だからこそ、君に絶対の信頼を置き、何も言わずについて行く……私には、そんな風にも見えるよ。」

「どうですかね…実際のところ、どちらかと言うと助けて貰ってるのは俺の方だと思いますけど…。」

彼女が成長していく姿は、密かに自分の心も救われるような感覚だった。
二人の時に見せる、取り繕うことの無いありのままの笑顔。愛らしく名を呼んでくれる声。
勉強を教え始めたら、“教師に向いている”なんて背中を押してくれた事。
常に自分を疑うことを知らず、真っ直ぐにその純粋な心を向けてくれる所。

言い出したらキリがないほど、彼女の存在に救われているような気がした。

そんな思いを口には出さずとも表情に現れていたのか、オールマイトは何かを悟って静かに口を開いた。

「君たちの信頼関係と絆…。きっと、恋人なんかの簡単な関係ではないんだろうね。むしろそれよりも上の…そうだな、相棒とか、家族。そんな感じかもしれないな。」

「…相棒、家族ですか。」

「おや、不服かい?」

「いえ?ただ、どちらもしっくりは来ないなと思いまして…。」

オールマイトは、じゃあどんな関係と説明するんだい?と質問してきたので、しばらく考えた後、静かに答えを吐き出した。

「言葉では言い表せないような関係…“名前のない関係”ってところですかね。ただアイツには幸せになって欲しい。それを一番に見届けられる存在でいい。俺が望むのは、そのポジションだけです。」

恥ずかしがらずそう答えられたのは、手にしたジョッキが空になっていたからかもしれない。
しかしオールマイトはそれを茶化すような素振りもなく、静かにその言葉を飲み込んで、小さく笑った。

「…君は本当に零くんの事を想っているんだね。きっと彼女にも、その思いはしっかりと伝わっているはずだよ。」

そう返された言葉に、そうですね。と零しつつ心の中では“どうだかな…”と吐いていた。

自分ですら、こんな重い感情を持つ人間だったのか、と酷く驚いたし、零の存在に依存している事なんて、情けなくて認めたくはない。
ただ、今こうして彼女が目の届くところにいるからこそ、その気持ちが徐々に強まっている事は自覚していた。

それでも、今まで培ってきたなんの名前もない関係のままで良い。
互いに信じ合い、互いが己の道を進む。
それが二人の今までと、これからも耐えることの無い関係だ。

昔話をしてしまったせいなのか、酔いが回っているせいなのかは分からない。
ただこの後無性に、そんな存在であり続ける零の顔を一目見たくなったのだった。




ーーEND


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