名前のない関係


零がプロヒーローの資格所有者である事が判明した事に加え、読心の個性についてはコントロールが上手くいかず、気まぐれで個性が発動するという事が明らかになった。

何度かヒールハンドに相談を持ち掛けたそうだが、その件に関しては解決策が見つからなかったそうだ。
このままではいけない…と自分で解決策を編み出した結果、個性をコントロールするのではなく、自分の感情表現を殺すことで成立したらしい。元々閉じ込められていた生活が長く、感情が豊かではなかったが故に思いついた方法だ、と彼女は他人事のように話していた。

確かにもし万が一ふいに誰かの心を読んでしまったとしても、顔に出さなければ読まれたとは悟られない。
だが正直いって、荒攻略だ。
ここまで話を聞いてはきたが、この子は普通ではない。環境も考え方も、言い方は悪いがイカれているとしか思えない。

そう思うのは、他にもあった。
僅か十三にして、この落ち着いた口調と話し方。
ちなみに髪が真っ白なのは、閉じ込められていた生活と一族からの扱い。そして自分の意思には関係なく、人の本心を聞いてしまうことにより、精神的ストレスを感じたからじゃないか、と平然と答える他人行儀な物言い。

世の中には精神ストレスを抱える奴は溢れるほどいるが、これほど幼い頃に白に染まりきる事例は、そうそうあるものではない。

ただいろいろと彼女の話を聞いていくうえで、なぜこの屋敷に固執しているのかは、何となくだが分かった。
根本的に、人と接する事から遠ざけているのだろう。

『そういえば…あなたは何で私のところへ?』

「あぁ…そういやぁ、そうだったな。お前の話があまりにも衝撃的すぎて、ここに来た目的をすっかり忘れてたよ…」

そう言って、懐にしまっておいた手紙を差し出す。
彼女はそれを受け取って、封筒の表裏を何度も見返し、何も書かれていないのを疑問に思って首を傾げた。

『…誰からの手紙ですか?』

「…さっきお前の話にでてきた人から預かってた手紙だ。ドクターヒーロー、“ヒールハンド”のな。」

『…!あの人に、何かあったんですか?』

零を取り巻く空気に緊張感が走る。
自分よりも十も年下な女の子が出せるような迫力じゃないだろ、と突っ込みたい気持ちを抑える。少々酷ではあったが、彼女にはありのままに真実を伝えた。

「先日、敵の起こした事件の災害地で不運な事故に巻き込まれて亡くなったよ。俺もあの人には負傷した時、何度か面倒を見てもらった事があってな…最期を見届けたのが、たまたま俺だった。その時に、この手紙を山のてっぺんにいる孤独なヒーローの卵に渡してくれ、と頼まれたんだ。」

『…そう、ですか。』

彼女は動揺する事もなく、その手紙の封をあけて黙々と読み始めた。

ヒールハンド。
普段は酒好きでちゃらんぽらんな親父だが、誰とでも仲良くなれる社交的な性格に加え、仕事に誇りをもっている姿は必然と人望も厚く、人命救助とあれば著しい活躍を魅せる人だった。
彼の両手には傷を癒す個性が宿っていて、息さえ引き取っていなければ、例え腹に穴が空いても時間をかければ完全に治癒することができる程、強力な個性だった。

自分がまだ新人というのもあり、なにかと人命救助活動で行動を共にする事が多かった。
もしかしたら、服部家の襲撃事件も自分があと数年早く免許が取れていたら、彼と共にここへ来ていたかもしれない。と、ふとどうしよもない事を考えつつ、視線を彼女へと戻した。

目線の先にある零の表情は、彼からの最期の手紙を読んでなお、何一つ変わってはいなかった。
しかししばらくすると、その手紙から目を離し、大きく深呼吸をし始めた。
何かと思うところがあるのだろう。
彼女なりの心の落ち着かせ方なのだと、この時悟った。

『…イレイザーヘッド、この手紙、あなたも目を通した方がいいと思います。』

「…なんで俺に?お前宛てのものだろう。」

『あなたにも関係する事が書かれているからですよ。読んでみてください。』

そういって、彼女は半ば強引に手紙を渡してきた。
よく分からないまま、とりあえず言われた通りに手紙に目を通す。


《拝啓:服部零様。プロヒーロー“朧”としての活動はどうですか?順調ですか? 
まさか本当にその歳で資格を取ってしまうなんて…提案した張本人が言うのもなんですが、今でも驚きが隠せません。

立場上あまり君の情報が下りてこないので、正直前よりも君との距離が広がってしまったのではないかと、少し心配です。

先月君の屋敷にお邪魔した時、前回たんまり補充しておいた救急箱の中身がほぼ空っぽでした。よほど無理をしているのではないかと思います。
プロヒーローになったといっても、歳はまだ13。もう少し自分を大切にしてください。

そしてそんな無茶をする君に、今日はとっておきのビッグニュースだ。
今回この手紙を書いたのは、最近一緒に仕事をするようになったあるヒーローについての事を君に教えたかったからだよ。
彼の名前は“イレイザーヘッド”。何かと口ではよく“面倒だ”とか、“非合理的だ”とか言うし、愛想もあんまり良くない奴なんだけど。
実は口とは裏腹に、ちゃんと最後まで面倒を見るようなお人よしな性格をしている新人ヒーローだ。
そんな彼が持っている個性は、“抹消”。いわば個性そのものを一時的に消す能力だ。
君が以前、人の心を読んでしまう“読心”の個性が上手くコントロールができず、暴走して自我が保てなくなりそうだった…と話していたのを思い出してね。
私なりの考えだが、君の個性は精神的にダメージを与える事が多い。だからこそ、彼と仲良くなれば、万が一個性が暴走した時も、彼の個性を発動してもらえば何とか持ち堪えられるかもしれない、と考えたんだ。
あまり人との接触を持ちたがらない君だが、どうだろう。一度都合がつくときに、イレイザーヘッドと君、そして私三人で会ってはみないだろうか。
もちろん、君の個性についても彼には口外してもらわないよう私からお願いするし、必要ない…と言われてしまえばそれまでなんだけれど…。

彼はきっと、君のために動いてくれる優しい人だ。君ももう少し、誰かを頼る。誰かに甘える事をそろそろ覚えるべきだと、私は思う。また今度薬を持って行った時に、この返事は聞くとしよう。 

PS:本当に無茶だけはしないように。特に君の個性は使いすぎると自分に負担がかかるから、本当に無茶しちゃだめだよ!!! 

 ヒールハンド》

ようやく手紙を読み終え、突っ込みたい所は幾つかあったのは後回しにしたとして、彼らしい温かみのある手紙だったと思う。
彼がなぜこの手紙を自分に託したのか。
なぜ必死に彼女の事を気にかけていたのか、ようやく理解した。

そして彼が考えていたように、まさに暴走していた零の個性を、抹消の個性で止め、反動である精神的ダメージを未然に防ぐことができた。

しかし、これから先は彼が考慮していなかった結果に事は運ぶことになるはずだ。

なぜなら自分自身が今、直接零という存在に関わり、ある思いを抱いたからだ。

ひとまず手紙を元のように折り曲げ、彼女へと返しては、その覚悟を話すべく零と向き合ったのだった。


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