名前のない関係


『服部家は代々、必ず次期頭首となる男児を産み、その名を残していく傾向がありました。ただ、母は私を産んですぐ他界してしまい、現代においては後継者となる者がいなくなってしまったんです。』

透き通るような凛とした声は、そんな話から始めた。
相澤はひとまず彼女の話を聞くべく、隣に腰を下ろして意識を集中させた。

『最初は父も、愛していた母が命懸けで生んでくれた子供を、例えそれが女だからと言って蔑ろにはしませんでした。普通に愛情を与えてもらって、普通に一族と門下生の皆に遊んでもらって…裕福とまでは言えなくても、温かい家庭だったと思います。』

「お前の親父さんも、ヒーローだったんだろ?」

『えぇ。服部家は元々忍一族。個性あふれる現代においては、元々生まれ持ってして継承されてきた人並み外れた身体能力に加え、先代から受け継いだ個性を駆使して、人々を守るヒーローを支える“隠密ヒーロー”として著しい活躍を魅せていたそうです。』

“隠密ヒーロー”。
何回か耳にした事があった。
そういう称号を持ったヒーローがいるという事は聞いていたが、実際にお目にかかれた事は一度もない。
隠密ヒーローと呼ばれるだけあって、拠点や正体、個性までもが公にされず、ヒーローの中では最も謎が多く、潜入捜査や諜報活動に特化している点から、警察や敵の情報を集めるために動いていることが多い。
故に、一般的な報道ではまず名はあがってこないし、正直あまりにも周囲に知られていないせいか、一種の都市伝説のような存在になっている。

「確かに今までに関わった事件の調書や経歴なんかは、書斎で拝見させてもらったよ。どれも過去に捜査が難航していた案件や、強敵を相手に情報を探り出したものばかりだった。まさかあの噂の“隠密ヒーロー”の拠点がここだったとはな…。」

『この場所を知っている者も、ごくわずかしかいませんよ。私たちは他のヒーローと違い、普段から街の巡回にあたったり、市民とコミュニケーションを図るような事はしませんから…。警察やどこかのヒーロー部署から依頼がある場合は、専用の伝書鳩を飛ばしてもらってます。』

「…伝書鳩。」

あまりにも古いやり方に、思わず声に漏れては目を点にする。
彼女は少しだけ苦笑いを浮かべた後、話を続けた。

『成果を残していたせいか、服部家の隠密ヒーローとしての信頼はそれなりに大きかったらしいです。でも去年、服部家一族は全滅しました。この屋敷に敵が奇襲をかけてきたんです…』

「…この屋敷に…?」

『どうやって服部家の拠点の在処を知ったかは分かりませんが、敵の個性、数から考えても、間違いなく服部家を徹底的に潰す覚悟だったと思います。』

零の拳にぐっと力が入る。
それを見つつも、ふとある疑問が浮かび上がった。

「…その敵が奇襲かけてきた時、零はどうしてたんだ?」

『…少し前の話に戻りますが。私が普通の子供として育てられたのは、個性が発覚する4歳までの話です。』

「4歳って…」

『あなたにはもうバレてしまったので今更隠すつもりもないので話しますが、服部家の先々代から継承されたこの“結界”の個性……私の代で異常が起きたんです。』

「異常?性質や発動条件が変わったって事か?」

『まぁ、近からず遠からずってとこですね。曾祖父の頃使用されていた結界という個性は、戦闘において“盾”の役割として使用する個性でした。いわば、絶対的な防御壁のようなものです。』

「…なるほど。」

『しかし私の“結界”は違った。曾祖父から私へと受け継ぐ間に個性が成長していたんですよ。』

「…個性が、成長?」

あり得ない話だ。
今まで個性について専門的に勉強してきた事もあったが、遺伝として個性が継承されるのであれば、性質や発動条件はほぼと言っていいほど同じなはず。
もし仮に彼女の話が本当であれば、彼女自身が個性の研究材料として政府に引き渡される可能性だって、十分あり得る話になってしまう。

『…今そうやって顔に露骨に出しているように、よほどの理屈がない限りはあり得ない話なんですよ。故に、成長した個性を受け継いだ私は、服部家始まって前代未聞の異端児。そのうえ今まで誰にも発動しなかった“読心”の個性も持っているとなれば…どういう扱いを受けるのか、わかりますか?』

答えを導き出すかのような問いかけに、表情は徐々に険しくなっていった。
家族の中で一人だけ性別が違い、母さえも失った。そして先代より受け継がれた個性は更なる強さをもってして継承され、遺族にはなかった新たな個性を手にした子供。
考え着いた先は、思っていた以上に残酷なものだった。

「…っ、」

『父は私を国から隠蔽するように、この屋敷にある地下室に閉じ込めつつ、私の存在を恐れていました。自分の心がいつ読まれるか分からない。いつ結界の能力を使って歯向かってくるか分からない。だから最低限生きるために必要な食事と睡眠…それから学校に通わせる事のない私に、義務教育で習うような勉強の参考書などを与え、数年を迎えました。』

零は変わりなく、残酷な話ですら淡々と説明した。
聞いているこちらが、胸をぎゅっと締め付けれられたほどだ。

『その生活を送っていたがために、敵から奇襲を受けた時。私だけが生き残りました。なので…生き残れたという点だけを考えれば、地下室に閉じ込められていた生活は“幸”と捉えるべきなのかもしれませんね。』

「…間違っても“幸”と受け取るな。そんな風に受け取っていい仕打ちじゃないぞ。」

彼女の父…いや、一族に“怒り”という感情が込み上げてくる中、必死にそれを押し殺してそう零へと告げる。
しかし彼女は、口元に小さく笑みを浮かべて再び話を続けた。

『地下室は外からしか開けられなかったので、ほとぼりが冷めるまで皆の悲鳴を聞きながらじっとしている事しかできなかった。でもそれから数時間後、病院の遠いこの屋敷に、いつも治療薬や体の様子を見に来てくれていた一人のドクターヒーローが、私を見つけ出してくれたんです。』

零の声に、微かに明るみが出ていた。
きっと唯一この閉じ込められた空間から外へ出してくれた、一種の光のような存在だったのだろう。
ただ、そのドクターヒーローが既に他界し、手紙を残して去ってしまったという事実を知っている。
後にこの話を彼女にしたらどれほどショックを受けるのかと考えると、胸が苦しくなった。

『私が地下室から飛び出して目の当たりにした光景は、服部家の皆が無残な死体となり果てた光景でした。ただ…必然と悲しい気持ちにはなりませんでした。』

「そりゃそうだろ。今まで酷い扱いを受けてきたんだ、今更家族みたいに思う事なんてできる方が異常だ。」

『そう言ってくれると少し心が救われます。でも、私にとっては彼らが全てでもあったんです。外の世界を知らないから、皆がいなくなってしまった今、誰の手を取ればいいのか。どうやって生きていけばいいのかわかりませんでした。』

「…その、ドクターヒーローにはついていかなかったのか…?」

『彼にも家庭があります。私のような個性を持つ人間が、急によそ様の家庭に入り込んだら、それこそ迷惑がかかるでしょう。』

「…迷惑ってお前な…」

一体何歳なんだ、と突っ込みたくなるほど彼女の考え方は大人びていた。
いや、大人びているというよりもそこらの何の考えもなしに生きている大人に比べたら、よっぽど大人かもしれない。
そんな事を考えつつも、再び話を進める彼女の声に耳を傾けた。

『これからどうすればいいのか、どう生きていけばいいのか不安でならなかった私は、彼に今までの事を全て明かしました。そしたら彼は私に教えてくれたんです。
個性は持つ人の考えによって、善のために有効なのか、悪のために有効なのか変わってくる。そして個性も人も、生まれてきて意味のないものなんてない、という事を。
そして言われたんです。“生まれてこなければよかった”とよく言っていた父を見返し、一族が恐れていたこの力は、人々を守るためにもって生まれたのだと胸を張って言えるように、プロヒーローの資格を一刻も早く取得してこいって。』

「…は?」

彼女の話に、思わず情けない声が漏れる。
どうしてそういう思考になったのか、今は亡きドクターヒーローとやらの胸倉を掴んで問いただしたいくらいだ。

そもそも閉じ込められていた生活からやっと解放されたんだぞ。
まず先にやらせてやる事があるだろう。
学校へ通ったり、友達を作ったり…この山の屋敷から解放してやったりとか…

彼女の事を思うなら、そんな事いくらでも思いつくはずだろう。と心の中で吐き捨てれば、考えれば考えるほど苛立ちが増すだけだったので、やめにした。

「なるほど…。だからお前は、プロヒーローの資格を取るために、トレーニングに励んでいて重傷を負った…そんなとこか?それにしては随分酷い怪我だな。どんな修行してんだ。」

『やだなあ、違いますよ。プロヒーローの資格はもう取りました。私も今では隠密ヒーロー服部家の現代頭首として役目を果たしています。』

「…あ?」

『ケガは任務中に少し失敗して…さすがにまだ新米なので、深手を負ったという事実を警察の方々に知られてしまうと、信頼度が下がってしまうのではないかと思って治療を受けずに帰宅して…そしたら疲労のあまりか、個性が暴走してしまって…』

「お、おいちょっと待て…」

待て待て待て。
話の流れに、全く頭がついていかない。
プロヒーロー資格だぞ。そう簡単に取れるはずもないし、正直言ってヒーロー科を設ける高校に通っている生徒でも、日々勉強と実技授業に励み、やっとの思いで合格するレベルだ。しかも隠密ヒーローは、通常のプロヒーロー資格よりも超難関だと聞いている。
それをこの歳で…こんな幼い子がとったとでもいうのか?

『…もしかして、私がプロヒーロー資格を持っている事に疑いを持ってます?資格証ならちゃんと持ってますよ。』

近くに置かれていた小さな棚へと体を這わせて移動し、一枚のカードを手にとってはそれを差し出した。
彼女の言うように、正直半信半疑の状態だったせいか、疑いの目でそれに目を向けた。
しかし受け取ったのは、紛れもなく自分が所持している資格証と同じ…いや、本当に“隠密ヒーロー”の証である特別資格証だ。

そして生年月日が記載されている位置に目が移り、思わず硬直した。

「…お前…今いくつだ。」

決して計算ができないわけではない。
ただ真実を受け止めるには、本人の口から直接聞くのが一番合理的だと思っただけだ。
というより、現実逃避がしたかっただけなのかもしれないが。

しかし、こちらのそんな心境を余所に、彼女はきょとんとした様子でこう答えた。

『今年で13になりました。学年で言うと、中学生に上がる歳ですよね。』

「………そうだな。」

最早呆れ果て、どう返していいのかすら分からなかった。
この時初めて、目の前にいる小さな女の子が最年少ヒーローの天才児であると認識した。



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