名前のない関係


ようやく寝室らしき部屋と救急箱を見つけた時は、少しだけ肩の荷が下りたような気がした。
素早く止血をし、応急手当を行った後彼女を起こさぬようそっと布団に寝かせては、ようやくまともに呼吸ができたような気さえした。

それにしても、ここへたどり着いてからは驚きの連続だった。
まだ幼い彼女が一人でここで生活しているというにも正直酷く驚いたが、この屋敷を散策している間に、生活感のなさが伺えた。
寝室、と言っても広い畳の和室の中心に敷布団が引かれていて、とりわけ他の家具や女の子らしく飾るような小物すらない。
しいて言うのであれば、今しがた使った救急箱だけは想定内だった。

こんな山奥でもある程度のケガの治療ができるよう、最新技術の幅広い治療アイテムがたんまり詰め込んである。
こんな場所に住んでいれば病院へ行くにも一苦労だろうという、医師の配慮の賜物だ。
大方手紙を託したドクターヒーロー、“ヒールハンド”がこの屋敷の住人の事を思って置いていったのだろう。

ちらりと横で寝息を立てている彼女の顔色を確認すれば、先ほどまでとは打って変わって顔色もよく、正常な呼吸へと変わっていた。

良かった。
こんな小さな命を危うく見落としてしまう所だった。
そう思う中、少女が気を失う前に言っていた事を思い出した。

“個性が暴走しているんだ。今触れられると…私が自我を保てなくなる…”

あの一瞬だけ、彼女の本当の心の叫びが聞こえたような気がした。
そう言った声は震え、まるで個性に怯えているようにも見えた。それに加え、自分の個性を使ってその暴走を抑えた時の安堵した表情。
正直言って、みて見ぬふりができるほど穏やかな状況ではなかった。

何はともあれ、この預かっている手紙を渡すにしろ、彼女の個性やケガを負った経緯を聞くにしろ、ボロボロになっているこの子が目を覚まさなければ、何も解決のしようがない。

かといって、ここでいったん山を降りて日を改めてまた階段を昇ってここに来るのも面倒。
それ以上に、これはただの直感だが、この子をここに一人で放っておいてはいけないような気がしていた。

「…仕方ない。目が覚めるまでしばらくここにいさせてもらうか。」

そう独り言を零し、彼女へと目線を落として再びため息を零した。

そんな時。部屋の奥にある襖が微かに開いているのに気づき、その部屋から薄暗い灯りがちらりと視界に入り込んだ。
気づけば足はその部屋へと動かし、彼女を起こさないよう物音を立てぬよう静かに襖を開けた。

「なっ…!これは…!」

何度目の驚くべき光景だろう。
他の部屋は何一つ物が置かれていなかったのに、この部屋だけは無数の本が保管されていて、ところどころ本が散乱している辺りと、埃一つない床から見ても使用している形跡がしっかり残っている。

「…」

一度彼女の方へ振り返り、まだ起きそうにないことを確認しては、壁に備え付けられていたろうそくを手に取り、奥へと進んだ。

左右に三メートル近くある書棚は、どの棚にもぎっしりと本が詰められている。
近づいて背が見えるように灯りを近づけると、そこには“服部家“と記載された伝書がずらりと並んでおり、無意識のうちに左右上下に視線を移した。

この屋敷がこの書に記された“服部家”のもので、かなり古い時代から継承されてきた血筋であるとすれば、確かにこの広い敷地には納得がいく。

しかし、服部家というのはいったいどんな物なのか…。
珍しくも好奇心がどっと沸いて、思いのままに手前にある本を取り出し中を開け、夢中になって読み始めていた。


ーーーー

大まかな概要を読み終えて、ハッと我に返った。
本に集中していたあまり、時間の感覚をすっかり失ってしまっていた。
そろそろ彼女の容態を確認しようと手にしていた本を棚へと戻し、その部屋を後にしようとした矢先。

ふと出入口の近くに置かれた小さな机の上に目がいった。
近づいてい見てみると、何やら細かい手書きの文字が記されたノートが何冊もあり、読みかけであろう本が散乱していた。

「…現代文参考書。…こっちは数学…。これは…科学?」

先ほど読んでいた伝書とはまたうって変わって、机の上に置かれているのはどれも高校で学ぶような内容の参考書ばかりだ。

そしてノートの方へと目を移すと、それぞれの教科を念入りに勉強していた様子がうかがえた。

「…もしかして、これ…アイツの字か?」

細い書体で丁寧できれいな文字が端から端までぎっしりと書かれており、まるでセンター試験の受験生のノートを見ているような感覚だった。

そしてもう一つ。参考書とは全く違うカバーの本に目が行き、手を伸ばした。

「…プロヒーロー試験…参考書?」

今度はプロヒーローになるための参考書が何冊か積まれており、その中には自分がかつて資格を会得するときに目を通した事のある本も混ざっていた。

「どうなってるんだ、一体。」

服部家の伝書、一般学業で学ぶ教科、そして更にはプロヒーローになるための参考書。全くもって、何の意図があってこれが置かれているのか見当もつかない。
ただどの本においても共通しているのは、本の小口の部分は何度も使い古しているのがわかるほど、ボロボロだった。

「…」

何となく興味がわいた手書きのノートだけを持ち、本はある程度綺麗に並べ直してその部屋を後にする。

彼女のいる部屋に戻れば、未だに静かに寝息を立てて眠っていた。
そっと額に手を当てると、個性の暴走により出ていた高熱もすっかり引いていて、随分顔色もよくなっていた。

そして書斎から持ち帰ったノートを最初からじっくり見つめては、眠り続ける彼女が目を覚ますまで時間を潰すのであった。



4/9

prev | next
←list