名前のない関係


相澤消太は早くもホームシックになっていた。
なぜなら八斎會の件で疲れているというのに、ミッドナイトの強引な誘いにより、プレゼントマイク、セメントスに加えオールマイトの五人で近くの居酒屋へと連行されてきたからだ。

特にミッドナイトとマイクの絡みには日頃から着いていけないのにも関わらず、酒を飲むと更に手に負えなくなる。

隣がオールマイトなのはまだいい。致命的なのはその反対側に座る既に出来上がってるミッドナイトだ。

早く帰りてぇ。
そう思いつつもジョッキを片手に、ふと頭の中で別のことを考えていた。
数刻前に電話をしていた零は、ちゃんとぐっすり眠れているのだろうか。
治崎に何日も監禁され、傷を負い、更にはナイトアイを失うという精神的ダメージを受けていた。
それに加えて今日は生徒たちに自分の個性を明かしたとなると、肉体はもちろん心も疲れきっているはずだ。

そういう日に限り、彼女が寝付けないことは長年の付き合いで把握している。
だからこそ、夜中にこっそり様子を見に行く予定だった。
しかしそこでミッドナイトに捕まり、こうして今この席にいるわけではあるが。

毎度毎度の事だが、このメンバーは落ち着かない。
まだ未成年ではあるが、零と静かに会話を楽しながら酒を飲む方が随分と楽しい気がする。

ーーそうか。あいつもあと半年したら酒が飲めるのか。

当初出会った時はまだほんの子供だったが、今はもう立派な大人に育っている。
成人した暁には、一度酒を交わしたいものだ…と未来を想像して楽しんでいたその時。

「ちょっとぉ、イレイザー!ちゃんと飲んでる?テンション全然上がってないけど!お酒足りないんじゃないのぉ?!」

「……」

隣にいた彼女が、マイクからこちらへと標的を変えた。
がっしりと逃げないようにか、それとも酔った勢いなのか、思い切り肩を組まれて逃げようが無い。

手にした酒をこぼさぬよう注意しながらもその絡みに耐えていると、彼女はそのつれない様子が気に入らなかったのか、唐突に茶化し始めた。

「ねぇそういえばさぁ…新しく入ったセキュリティ要因の朧ちゃん。イレイザーと付き合い長いんでしょう?」

「……まぁ。」

「朧ちゃんってまだ19なんですよねぇ?」

「……まぁ。」

「ぶっちゃけ、可愛いって思ってるわよねぇ?」

「……まぁ。…………っ、?!」

適当に相槌を打っていれば、うまい具合にハメられた。

慌てて否定しようと彼女へと目を向けたが、その時既に彼女に加えマイクまでもがにたぁっと不気味な笑みを浮かべて至近距離まで顔を近づけていた。

「そりゃそうよねぇ。だってあの子スタイルいいし、美人さんだし……」

「おまけにあんな可愛く“消太さんっ!”て呼ばれちゃァなぁ……イレイザー!大丈夫だぜぃ!おめぇは成人男性として真っ当な道を歩んでる!あんな子にそんな懐かれちゃ、普通誰でもイチコロよぉ!」

「……まて。何か勘違いしてるだろ。」

「勘違いぃ?冗談やめてよぉ。それとももしかして気づいてないの?」

「……なにをですか。」

「オイオイ、ここまできてシラを切る気かイレイザーッ!みんな知ってるぜぃ!彼女と接する時だけ、普段とは別人並みの優しさで接してるってヨォ!」

「…」

正直それは否定できなかった。
誰よりも彼女の理解者でいたいし、誰よりも親身でいたいと思う。
今まで彼女がどんな人生を歩んできたかも知っているし、どれだけ辛い思いをしてきたのかも知っているが故に、人に優しくされることを経験したことのなかった彼女には、極力優しくしてやりたいと思っていた。

「実際のところ、本当にお付き合いされていらっしゃらないんですか?」

「……え?」

二人に絡まれるやり取りを傍観していたセメントスが、穏やかな声でそう尋ねてきた。

「まさか。付き合ってるわけないだろ。」

それは事実だ。そもそもずっと山の中で過ごしてきた彼女にとって、異性がどうとか恋人がどうとか、などと考えるような頭脳は恐らく持ち合わせていない。

だがそれで良かった。
正直自分も恋愛には疎いし、面倒なのはゴメンだ。
それに彼女がもし興味を持ったとして、相手がたとえ自分じゃなかったとしても、彼女が幸せだと思える相手を見つけたのならそれでいい。

あいつが幸せになるのを見届けれるのなら、それ以上の事は望まない。
だからそうなるまで、せめて一度面倒を見てしまった以上は最後まで見届ける責任があると思っている。

そう考えているうちに、隣の酔っ払い二人はひどく落胆して「つまんなぁい。」と口を揃えて嘆き、今度は二人で早々に別の話で盛り上がり始めた。

ひとまず二人の酒のつまみにはされずに済みそうだ、と安堵の息を漏らした時、自分にだけ聞こえるような小さな声が隣から聞こえてきた。

「……実際どうなんだい?」

「……オールマイト、まさかあなたもですか?今しがた2度も否定したばかりなんですが。」

じとり、と目を細めると彼は慌てて否定した。

「違う、違う!そうじゃなくて……私ももちろん彼女とは何度か仕事も一緒にさせてもらった事もあるし、大方の事情は知っているつもりだよ。けれど、君はそれよりももっと深く彼女と関わっているんだろう?」

「……まぁ、そうですね。」

そう答えては、頭の中でその件について考える。
深いといえば深いのかもしれない。
彼女自身が自分以上に付き合いが長く、深い関係な存在はないと言っていたから、多方間違いは無いのだろうが……。

「良かったら、聞かせてくれないかい?」

「……え?」

思わぬ彼からの提案に、拍子抜けの声が漏れる。
そんな声を耳にしたオールマイトは、再びあたふたしながら言葉を付け足した。

「あぁいや……!話せたらでいいんだが…あんな山奥にひっそり暮らしていた彼女が…こうして今近い距離にいて、不思議なことに一緒に仕事をしてる。ただ、零くんは正直自己犠牲が強いせいか、見ていて放っておけないような気がしてね。君には到底及ばないとは思うが、こんな私でも何か力になれないのだろうか、と見ていてたまに思うんだ。」

「オールマイト…」

やせ細った姿のせいなのか、彼の零した声と表情は酷く自分の無力さを情けなく思っているように聞こえた気がした。

彼は本当に零を思ってくれている。
そして彼女のことを、少しずつ知ろうとしてくれている。
それに正直面倒な気持ちもあるが、この窮屈な場を凌ぐにはちょうどいい時間潰しにはなるかもしれない。

「……まぁ、大したことは話せませんけど。俺とあいつが出会った時の頃の話くらいは。」

「本当かい?ぜひ聞かせて欲しいね。」

「正直いって、面白みがあるとも思えませんけど…」

「いいんだ、そんな事は。……あぁでも、勝手に聞いてしまったことを聞いたら、彼女は怒るだろうか?」

眉を下げて困った彼の顔を見て、それはない。と首を振った。

「オールマイトに話すのは問題ないはずですよ。そもそも口外してはいけない部分は、既にご存知でしょうし。逆にあなたがあいつに同じことを聞いても、たぶんあいつは普通に話すと思います。」

そう答えると彼はホッと胸を撫で下ろした。

そして少し目線を上げて、彼女と最初に出会った頃のことを頭の中に思い浮かべた。

「初めて零と出会ったのは、ちょうど今とは真逆の……雪が積もってた冬の時期でしたね……」

零と自分の原点の話は、そんな気の抜けた声で淡々とスタートした。


後になって思えばこの時、こんな話を他人に話すなど、よっぽど自分も酔いが回っていたのではないかと思う。



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