得て、失って


零は部屋に戻った後、相澤に電話をかけて生徒達に真実を明かした事を報告した。

「…そうか。まぁお前が苦渋の選択であいつらに腹割って話したんだ。あいつらもお前の気持ちを組んでくれただろうし、口外される事はまずないだろう。」

『うん…私もそう思います。皆を信じたい。』

今まで個性を誰かに話すと、決まって心を痛め一人でいることを誓っていた。
しかし今回はどこか心が浮かれていて、自分の事を誰かに知ってもらう事がこんなにも嬉しい事なのだと、新しい経験を覚えていた。

相澤は少し黙り込んだ後、受話器越しにふっと息を吐き、優しい声で呟いた。

「……成長したな、零。雄英高校にお前を連れてきた当時はどうなるかと不安にも思ってたが…案外いい方向に向かってるのかもしれないな。もしかしたら、生徒の中にそのうちお前の相棒を希望する奴も出てくるかもしれんぞ。」

『まさか。人と連携取るの苦手な私についてきても、何もできないですよ…。』

「謙遜するねぇ…」

『やめてくださいって。……でも私、護衛につく対象が消太さんの受け持つクラスで良かったって改めて思いました。きっと消太さんの生徒だから、あんなに真っすぐで清らかな心で向上心を抱けるんです。やっぱり、教師に向いてます。』

「…どうだかな。まぁ、それを言うならお前の予言の方が大したもんだ。俺を教師に向いているって背中を押したのは、間違いなく零だったからな。」

突然の彼のカミングアウトに、驚きの声が漏れた。
確かに以前、彼が教師に向いているという発言をした覚えはある。
学校に通えなかった自分は、古くから書斎に保管されていた学問の本を読んで独学で勉強をしていた。
しかし相澤と接点を持つようになってから、時折顔を出しては分からない箇所を丁寧に教え、理解するまで根気よく付き合ってくれた。
人に教える技術、口では面倒だのと言うものの、しっかり最後まで付き合ってくれる面倒見の良さから、思った事を彼に言ったまでの思いつきの発言だったが…。

まさかあの言葉が少しでもきっかけになって、彼を“教師”の道へ進めていたとは…。

嬉しさ故に、口元が緩んだ。

『…じゃあ、やっぱり私の目には狂いがなかったって事ですね、消太さん。』

「なんだよ急に得意げだな…。まぁいい。とにかく今お前のやるべきことは、しっかり休養を取る事。俺は明日から学校の教員と並行して壊理ちゃんの様子を見に行く事になったから、直接会うことはあまりないかもしれないが…いいか、絶対に無理するなよ。」

『わかってますって。それより、壊理ちゃんの件なんですけど…私も一度立ち会いたいんです。最悪個性を一時的に消せますし、消太さんからも私が加わっていいよう、話を通してもらえませんか?』

彼はそういうと、分かった。と短く返事をした。
表情は見えないが、きっと彼もどことなく壊理と自分を重ねてみているところがあるのだろう。
どことなく、壊理に対しては最初から優しく接しているような気がする。


そろそろ電話を切ろうと彼にもう一言言おうとした時、部屋の扉がノックされる音を耳にした。

『…え?』

思わず驚きの声が漏れ、受話器の向こうで「どうかしたのか?」と心配の声が上がる。
時計を見れば消灯時間は過ぎていたので、今誰かがこの部屋に来たのが相澤にバレてしまえば、また怒りかねないと判断し、咄嗟に“何でもない!”と嘘をついて早々に電話を終わらせることにした。

『じゃあ私、もう寝ます。聞いてくれてありがとうございました。おやすみなさい、消太さん。』

「…あぁ、おやすみ。」

彼の返事を確認したあと、急いで終話ボタンを押してドアへと向かい、そっと開けた。するとそこには先程まで顔を合わせていた轟の姿があり、思わず声を上げた。

『と、轟くん!』

「わりぃ…電話してたか?」

どうやら扉越しに話声が聞こえたようで、彼は眉を下げて申し訳なさそうに尋ねた。

『いや…もう終わったからいいよ。』

「…そうか。入って、いいか?」

恐る恐る尋ねる彼を見て小さく頷き、そのまま部屋に通して彼を招いた。
すると扉を閉めた突然、彼の強い力で腕を引っ張られ、気づけば大きな胸の中へと押し込められた。

『ちょっ……、』

あまりにもの大胆かつ唐突な行動に、さすがの自分も動揺を隠しきれず、情けなくも声が裏返る。


耳元で彼のいつもよりも早い心臓の鼓動音が聞こえてくる。
疲れているのか個性は発動せず、彼が何を思い、なぜこんな行動に出ているのかすら、状況が状況だけに頭が回らず真っ白になっていた。

「…帰ってくるのが遅ぇよ…」

彼は突然胸の内を吐き出し、背後に回った彼の力が言葉と共に強めた。
頭上から聞こえてきた轟の声から、酷く心配していたのが伝わってくる。

ーーあぁ、そうか。彼はあの日から急に姿を消した自分に…何日も連絡を返さなかった自分を、よほど気にかけてくれていたのか。
そして終いには何食わぬ顔で戻ってきて、彼に謝罪を述べるどころか皆に個性を明かすことを優先してしまった。

『…ごめん。』

何も言い訳するつもりはなかった。
だって今回起きたことは、正直言って今後は二度とないから。と、軽々しく約束できるような事はない。
いつだって任務が下れば何も言わずここから去るかもしれないし、スマホに連絡をしても返せない状況はしょっちゅう出てくるはずだ。
特にオールマイトが関与している件に関しては、最も危険な状況で動かなければいけないかもしれない。

いってきます、とわざわざ言って発つことも、必ず帰ってくるよ。なんて言葉は、簡単に口に出せるものではない。なぜなら、必ず帰ってくる保証などどこにもないほど、いつも危険な任務に携わる立場にいるからだ。

だからこそ、ただ“ごめん”と言うしか他に言葉が思いつかなかった。

しかし急に彼は腕の力を解いて、顔が見えるように少し体を離した。
表情を見るに、複雑な感情を抱いているのが悟れる。

『…思ってる事、全部教えて欲しい。今個性発動しそうにないから。轟くんの気持ち、話してくれないかな?』

そう促すと、彼は紡いでいた口をそっと緩め、ゆっくりと話し始めた。

「…正直、いろいろ考えて、ごちゃごちゃになった。あんな話をした矢先に何も言わずにいなくなって、最初は“何で黙っていなくなったんだ”。とか、“心配するだろ”って言いたかった。でもそれを言ったら…零が身動きとりづらくなるんじゃねぇかって思ったんだ。だから、メッセージを送った後、後悔もした。俺は零を心配してぇけど、零の足枷には、もっとなりたくねぇ。」

『轟くん…。』

「今回もし俺が仮免試験に合格してりゃ、少なくとも零を助けに、緑谷達と一緒に行けたかもしれねぇとも考えた。でも実際、それができない自分に一番腹が立った。任務の内容が話せないのも、単独行動の方が零にとっては動きやすいってのも、何となくわかってるつもりだ。だから俺は…」

ーー零がどう動いても、何時でも手が届く場所にいられるように、早くプロヒーローになりてぇ。

そう告げた彼の瞳は真っすぐで、より輝きを持っていた。そして彼は続けた。

「だから、俺の方こそ悪かった。あんな大事な時に送ったりして…」

『…ううん。大丈夫だよ。実際あの言葉があったからこそ、私は生きる事を諦めなかった。帰ってこいって言われたから、帰りたいと思えた。だから、そんなに気にしないで。』

彼の頬にそっと触れると、そのオッドアイの瞳を持つ顔がくしゃりと歪んだ。
まるで今にも泣きだしそうな表情を見て、胸を痛めた。

『…待ってるよ。』

「…え?」

『轟くんがプロヒーローになるまで。君と方を並べて人々を救えるその日が来るまで、私は生きる事を諦めずに待ってる。それくらいなら、約束できると思う。』

「…絶対、なるから。」

『うん。信じてるよ。君の強さなら大丈夫。』

信じている。信じたい。
そう強く心の中で呟いてから、ようやく落ち着いた彼を部屋の外まで見送り、今日起きた出来事を瞑想して眠れない夜を過ごすのだった。



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