得て、失って
緑谷出久は、目の前にある寮に久々に戻ってきた感覚を抱きながら、麗日、蛙吹、切島と中へ入ろうと一歩踏み出したが、後方で名を呼ばれ立ち止まった。
「「「相澤先生っ!」」」
「お前らまだ寮に入ってなかったのか。」
『偶然にも一緒の時間に戻ってくるとは、奇遇だね。』
「あれ?零さん、確か僕らより先に寮についてる予定じゃ…」
相澤の背後からひょっこり顔を出す彼女を見てみんなが首を傾げると、手前にいる彼が大きくため息をこぼして呆れた顔で答えた。
「人の心配を余所に、今まで楽しくオールマイトとドライブしてらしい。」
『ちょっと待ってください。そんな言い方してませんよ。いろいろ話したいことがあったからってさっきちゃんと説明したじゃないですか!』
「あーうるさい。耳元で騒ぐな。それより緑谷、俺との約束覚えてるな。」
相澤は隣でじっと睨みつける彼女を相手にもせず、急に話を振ってきた。
「はい、覚えてます。零さんが無茶をしないよう見張ってます。」
「よし、いい返事だ。」
『…緑谷くん、なんか相澤先生の味方過ぎない?』
「えっ、えぇっ?!そ、そんな事ないですよ!零さんにだってちゃんと……!」
「騙されるな緑谷。お前の心を揺さぶってるだけだ。耳を傾けるな。」
『なんつー言い方するんですか消太さん!失礼です!』
「とにかく。今回は無茶して退院したお前が悪い。こいつが少しでも妙なことになったらすぐ連絡しろ。緑谷だけじゃない。今回の件に関わったお前らにも頼む。いいな?」
「「「はいっ!」」」
彼女には申し訳ないが、緑谷を筆頭に切島たちも見張り役になぜかやる気が充ちていた。
そうして酷く落ち込んでいる零を余所に、彼は満足そうに去っていった。
「さ、零さん。帰りましょう。」
『……!』
「零さんにとっても、ここはもうマイホーム同然でしょう?」
「早く行こう!たぶん任務に出てしばらく帰ってこない零さんを、みんな心配してるはずですよ。」
「行こうぜ、零さん!」
四つの手が差し伸べられ、彼女は目を丸くしてそれを見つめた。
そして口元には僅かに笑みを浮かべて、凛とした声で『うん!』と言ってその手を掴んだ。
この時まだ、彼女が思いもよらぬ決断を一人でしていたことに、誰一人として気づくことは無かった。