得て、失って
結局、気を利かせてくれたオールマイトは、日が落ちるまでドライブに付き合ってくれた。
そろそろ緑谷達も戻っている頃だろう、と去り際に零しては、警察が八斎會拠点の取調べの際に、保管してくれていた自分のコスチュームと刀、そしてスマホを手渡してくれた。
それを受け取り目線を落とすと、何だか長い間コスチュームも着用せずに普通の人間として生活していたような気分になって、どこか新鮮な気持ちに浮き足立った。
が、数秒後。
数メートル離れているというのに、自分が進む先に仁王立ちして待ち構えている相澤の姿を見て、その心は一瞬にして消え去った。
「随分遅い帰りだったな、零。」
『えーっと、その……オールマイトと少し積もる話がありまして、あはは。』
声は笑っているものの、表情は引きつっているのが自分でもわかる。
彼はしばらく凝視した後、大きくため息を零して歩み寄った。
やばい、怒られる。
そう心の中で構えるも、彼の異様なオーラに圧倒されて心臓の鼓動がオーバーヒートしそうな程早まった。
目の前まで来て立ち止まり、殴られる覚悟でぎゅっと目を瞑り覚悟を決める。
しかし待ち構えていたのは彼の怒りの落雷などではなく、優しく手のひらを頭の上にポンっと乗せ、弱々しくも聞こえる小さな声が聞こえてきた。
「今回の件で思い知ったよ。今まで俺はお前のことを見ているつもりで、全然見ていなかった。知らなかったよ、お前があそこまで無茶するような奴だということも。ずっと目の届かぬ所でその個性と、その身体と闘っていたことを。」
『……消太さん?』
「お前が目の届くところにいるのに安堵して、何一つしてやれてなかった。多分俺は、お前なら安心だ、お前なら大丈夫だって……お前が強がるところに都合よく、どこか甘えてたんだろうな……。自分がどれだけしんどくても、辛くても、人を頼ったり甘えようとしない零の性格を、忘れてたよ。」
力をふっと抜いて笑みを浮かべる彼は、そう言ってわしゃわしゃと頭を撫でた。
「だからこれからは、些細なことでもいい。何かあったら俺にちゃんと言え。いや、何も無くてもいい。せっかくスマホもらったんだ。何時でもいいから電話してこい。すぐ飛んでってやる。……せっかく前よりすぐ行ける距離になったんだ。」
『確かに…山にいた頃とは比べ物にならない距離感ですね。』
そう真剣に返すと、茶化すな。と言いながら軽く頭の上に拳を落とされた。
そして目が合うと、なぜか彼が苦しそうな表情で静かに零した。
「…悪かったな。無理させた。」
『…いいえ。大丈夫です。』
「俺はお前の“大丈夫”は信用してない。」
『うっ……』
痛いところをつくな、と言わんばかりに顔をゆがめると、彼は小さく笑ってもう一度優しく頭を撫でた。
「行くぞ。寮の前まで送ってく。」
『ありがとうございます。消太さ……相澤先生。』
歩き出して間もなく、彼はその言葉にピタリと足を止めて振り返った。
そして先程までの優しさはなく、いつものぶっきらぼうな表情と口調でこう言った。
「消太のままでいい。それも変に壁があるように思えて、お前にそう呼ばれるのは、やっぱり性に合わん。」
『……はい。』
独り言のように呟いた返事は、背中を向けて既に歩き出した彼には、たぶん届いてはいなかった。