得て、失って


緑谷たちが一足先に退院し、警察に事情聴取に協力を受けている頃。
零は半ば強引に退院手続きを済ませ、担当医師に絶対安静するように!!と、くどい程に釘を刺されたお説教をようやく終え、荷物をまとめた。

今回相澤は麗日と蛙吹のメンタルケアを含めて事情聴取に同行しているため、一緒に寮へは帰れない。

一目壊理を見て帰ろうとも思ったが、彼女はまだ高熱に魘されていて、意識もハッキリしていないしそれどころではなかった。

『……なんか、一人で帰るの心細いなぁ。』

ふと、情けない声が漏れる。
今回の事件に関しては、事が大きくなった故に流石に報道は免れない。
その中でももちろん自分が事件にか関わっていた件に関しては伏せてあったものの、数日間ある任務について帰ってこない、という相澤の説明を聞いた1-Aの皆の事だ。
大方八斎會にまつわる任務についていたという推測はついている事だろう。

確かに今回の件で、個性と向き合う事を決めた。
もう一度皆に会う事ができたのなら、その時は自分の素性も全て話そうとも決めた。
しかしいざその時が迫っている…と考えると、どうしても体が竦んでしまうような程、緊張と不安に飲まれそうな気分になるのだ。

事件当初から連絡が返せなかった轟も、きっと返信してないうえにこんな危険な事に首を突っ込んでいた事に酷く心配していて…もしかしたら怒っているかもしれない。

そう思うとサッと顔が青ざめいくのが分かった。

「Hey…Hey!!」

そんな時、病室の入り口のドアのノック音と共に聞きなれた声を耳にし、ビクリと肩を跳ねながらも慌てて振り返った。

『オールマイト!どうしたんですか?』

「相澤くんと校長に頼まれてね。君を病院から寮まで送ってほしいって。」

『なんか…すみません。オールマイトに送ってもらうなんて…』

「いやいや、むしろ君の個性が敵に目をつけられているとわかった以上、一人で行動させるのは良くないから当然の事さ。ケガもまだ全然回復していないし…。まぁ、正直今の私が君の護衛役が務まるかは分からないが…」

情けない笑みを浮かべる彼に、そんなことはない。と勢いよく首を横へと振る。
平和の象徴…かつてNo.1ヒーローだった彼が横にいてくれるだけで、正直言って心強い。

「じゃ、行こうか。」

彼は優しい声でそう言って、まとめた荷物を持って車へと向かった。

ーーーー

「少し遠回りをしながら戻ってもいいかい?」

エンジンをかけ、車を走らせた彼はそう尋ねた。

『構いませんよ。私としても、緑谷君たちよりも先に寮へ戻るのは少し忍びないですし…』

「忍びない?何か帰りづらい理由でもあるのかい?」

『うぅっ…痛い所をつきますね。まぁ少し思う所があって…。それより遠回りって…何かあったんですか?』

「え?あぁ。少し君とゆっくり話がしたくてね…。」

これ以上彼に聞かれると弱音を吐いてしまいそうだったので、少々強引に話を本題へと導いた。
しかしそう言った彼の表情は穏やかなものの、声はそれとは真逆のように感じた。
何か思うところがあるのかもしれない、と感じつつ、始まる彼の話に耳を傾けた。

「先ほど、私の所にグラントリノから連絡が入ったんだ。」

『グラントリノ…彼の名が上がるという事は、あまり穏やかな話ではなさそうですね。』

「…察しが早くて助かるよ。」

前を向いたまま、彼は肩をすくめた。
グラントリノ。
他のヒーローを子供のように扱える程の実力の持ち主の人でありながら、一般的なヒーロー活動の形にはまらず、“ある組織”を重点的に追跡している人だ。

もちろんグラントリノが何を追っているのか。隣に座るオールマイトとどういう関係性なのかは既に知っているし、彼らが何を追い続けているのかも、全て把握はしていた。

実はというと報道の目もあって、直接関わっている事は公にはなっていないが、誘拐先日起きた神野区事件についても、隠密ヒーローとして密かに敵連合の居場所を突き止める情報収集役として関与していた。

ちなみにその誘拐された少年があの爆豪勝己だったという事、そしてオールマイトの個性を受け継いでいるのが緑谷出久だという事を雄英高校に入って知った時は、随分驚かされたものだ。
と言っても、本人たちの口から直接説明してくれたわけではなく、仮にも無意識のうちに心の声を聞いてしまったうえでの情報になるので、あくまでも知らないふりをしていた。

しかし、自分の個性も熟知しているオールマイトの事だ。
全てを把握している上で本題に入ってきたのだろう、と彼の真剣な横顔を見て悟った。

「私たちの闘いは、まだ何一つ終わってなどいなかったよ…。」

彼の説明はそこから始まった。
自分が治崎に捕まっている間に、敵連合の一人でもある黒霧がある森で何度か目撃情報を得た事。
その情報を基に、塚内とグラントリノが現場へと行き、“ギガントマキア”という巨大な男と遭遇した事。
そのグラントリノが、負傷しながらも苦渋の選択で黒霧の捕獲だけを選択した事。

一通り聞いても、依然と動揺はしなかった。
なぜならこうなるのではないかと、薄々感じてはいたからだ。


数カ月前、オールーフォーワンの捕獲に成功し、事件は一見落ち着いたかのようにも思えた。
誰もが奴を捕らえた事により安堵し、残りは死柄木が率いる敵連合のみだと考えていたはずだ。
ただ、敵とヒーローとの境界線上に立つ位置に身を置いている自分からすれば、どうも腑に落ちない点が多すぎた。

オールフォーワンは、どこまでも未来を予測し、オールマイトを苦しめる。
そして想像もつかないほど、この世界に絶望をもたらすのを好んでいる男だ。
だからこそ、大人しく捕まるのであれば何か別の切り札があるのではないか、と別の視点から考えた。
そうして今までの敵連合の動きに加え、オールフォーワンのプロファイリングを編み出し、ようやく一つの仮説にたどり着いた。

「…“奴は恐らく、死柄木以外にも切り札を抱えている。彼は敵連合を束ねる器としてはまだ未完成な故に、成長を遂げるためにいくつかの試練と舞台を用意されている段階とみてほぼ間違いない。…オールフォーワンは傍観者となって、死柄木を使ってシミュレーションゲームを楽しんでいると考えるべきだ。”
…確か君はあの時、こう話していたよな。」

彼が口にした発言は、数ヶ月前の神野区事件後に行われた超極秘会議で自分が告げたものだった。


『…はい。ただあの時はあくまでも心理上や言動を元に組み合わせて出来上がった憶測でしたので、なんの証拠も確信もありませんでしたが…』

「そうか。残念ながら、君の予言通りになってしまったよ。全く…本当に学校にも通わず、どうやってそこまで賢い頭脳を持ち合わせられるのか、教えてほしいくらいだよ。警察の塚内くんも、プロよりも推理力が長けていて、頭が上がらないと言っていた。」

彼はそう言って、深いため息を落とした。
そんな彼に一度苦笑いを浮かべて流し、再び話を戻した。

『それで、……お二人は、無事なんですか。』

「あぁ、幸い命に別状はないようだった。しかしまだまだ情報が足りない。危険な上に、今回の件が片付いたばかりの君には申し訳ないが、もしかしたらまた動いてもらわないといけないかもしれない…。その時は頼んでもいいかい?」

信号に捕まるとほぼ同時に、彼は顔をこちらへと向けた。

なぜ疑問形なのだ、と思う。
自分は隠密ヒーローだ。裏で情報を探りだし奴らの行動を一刻も早く阻止するべく動くべき立場の身。
特にこの件に関しては、身の回りの人…どころか下手をしたら世界まで被害が広がりかねない。

答えは決まっている。
例えこの傷だらけの状態だったとしても、足の骨が折れようが腹を貫かれようが、この件からは目を逸らしてはいけないと、本能が告げているからだ。

『オールマイト。その質問は愚問ですよ。私の答えは、YESしかありません。』

真っ直ぐに彼を見つめ、胸を張ってそう答えた。
何のためにヒーローになったのか、原点まで辿れば早い話だ。

この力を、人々の役に立てられるように…自分が産まれた事がいけなかったわけではなかった、という事を証明するために、今のヒーローとしての自分がいる。
もしこの命を捧げることになっても、その為になら喜んで差し出してやる。

そんな強い思いが伝わったのか、彼は小さく笑みを浮かべて再び前を見つめ、車を走らせた。

「…ありがとう。でも、無茶は禁物だ。特に君の容態が悪化しているという話を聞いてしまった以上は、特に無理をしてほしくはない。まずは体調をよくしないと。」

『…ん!?そんな話、誰から聞いたんですか?!』

突然の心臓を射抜くような鋭い発言に、思わずぎょっとして声を荒げた。
彼はさも当然かのように、君を担当した医者だよ。と答える。

嫌な予感がした。
もしオールマイトがその話を聞いているとしたら…。

『それって、消…相澤先生も…もしかして、知ってますか?』

「…?まぁ、その時一緒に立ち会っていたからね。それがどうかしたのかい?」

『いえ…何でもありません。』

口ではそう返すものの、思いきり気は動転していた。
何でもないわけがない。
次第に悪化していく体を冷静に分析した結果、自分の余命があと残り僅かかもしれない、という点に関しては校長にしか伝えていなかった。

だから敢えて雄英高校に入る前に校長と直接二人で会って話し、敢えて体調の変化を彼に悟られぬよう寮で生活するようお願いをしていた。

まさかこんな形で知られる事になるとは…。

今まではゆっくり話せる環境がなかったので、恐らくそこについては触れてこなかったが、戻ってしまえばおしまいだ。
きっと彼の落雷が自分に襲い掛かるのだろう。

「…何やら憂鬱そうだな。」

『オールマイト…このまま逃避行しませんか…帰りたくなくなっちゃいました。』

「えぇ?!何を言っているんだ君は!どうした!何があったんだ!」

狭い車内に彼の声が響く中、頭の中はどうやって彼から言い逃れようかと必死に思考を凝らすのであった。


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