得て、失って


緑谷出久は、手当を受けている他の生徒がいる病室へと足を運んでいた。

しかし彼らに加えてファットガムが加わり、何やら深刻そうな表情である議題について語っていた。

「やっぱり……あの2人、できとるんやろか……」

「ファット、もしかして零さ……朧さんの事……」

「いやいや、違うで!違うんやけど気になるやんかぁ!」

「……」

そう、彼らが話をしているのはほかでもない。零と相澤の二人の関係性を疑っている件だった。先程病室を覗いた時、涙を流し続けている彼女に対し、相澤が優しく抱きしめていたシーンは、どうやら彼らにとってかなりの衝撃だったらしい。

そのやり取りを傍観している自分も、密かに気になっていたことではあった。

「そういえば、零さんあの時、“消太さん”って無意識に呼んでた。」

「えぇ、マジで?!じゃあお互いに名前を呼んでるって事?なんか敢えて俺たちの前で隠してたってのが怪しいな……」

「そうねぇ……相澤先生は元々零さんの事呼び捨てで呼んでたし…」

「お前、とかあいつ、とか言ってるあたりからしても、親しい間柄なのは間違いないよな。」

「たまに会話しなくてもお互いを理解しているような…心が通じているような感じはするよね。」

「えぇっ?!もしそうやったとしたら…朧ちゃんを知るヒーローの男共はカルチャーショック受けるでぇ!」

頭を抱えて嘆くファットガムに、切島は首を傾げて尋ねた。

「朧さんって人気なんすか?」

「人気も何も、立場上基本的には謎が多い子やからなぁ。そのミステリアス感といい、ぶれない強さといい、結構裏では人気なんよ。まぁそもそも普段は仮面を付けとるから、性別すら分からん奴が殆どやけどな。」

はぁ、とため息を大きく零す彼に思わず苦笑いを浮かべる。
その話を聞いた麗日は、うーんと考えては再び話を続けた。

「そもそも零さんって、前髪長くてわかりにくくしてるけど、めっちゃ美人さんやんな。」

「それ、俺も思った!なんか強いんだけど、完璧じゃない辺りが支えたくなるっつうかさぁ!」


「そやろ、そやろ!ほんでまた普段硬い感じから急にフワッと優しく話す話し方が好きなん!」

「ファット、今好きって…」

「あああぁっっ!ちゃうちゃう!ちゃうねんでみんな!」

『…なんか、楽しそうですね。』

「「「うわあああああっっっ!」」」

突然ファットガムの後ろからひょっこり顔を現したのは、他でもなく今話題になっていた張本人である零だった。
至近距離にいたは青ざめた表情でサーっと全速力で彼女から距離をとり、心臓止まるかと思った…とぜぇぜぇ息を吐く。

『…あれ、私まずい時にきちゃいましたか……』

誰かに触れたわけでもなく、空気を読んでかしゅんと眉を下げて申し訳なさそうにする。

そんな可愛げな表情を見て、慌ててみんなは違う!と否定し、ファットガムは弁解した。

「ちょうど朧ちゃんの話しとったんやで。まさか本人ご登場とは思わんかったから、さすがにビックリしてもうたわぁ。」

『私の話?なんかありました?』

「いやぁ、その…」

何となく、相澤と二人の関係性を本人に聞くのには勇気がいる。
と言っても彼に聞いたところで話してくれる気はなさそうで、気になっているのなら彼女に聞くしか手段はないのだが…。
そう男子メンバーが狼狽えている間に、同性でもある二人が先に彼女へと切り出した。

「ね、ねぇ零さん…」

「零さんと相澤先生って、もしかしてお付き合いしてたりするのかしら?」

『……!』

それを聞いた零が突然、茹でダコのように顔を真っ赤に染め、恥ずかしいのか手で覆い隠した。

『そうだった……みんなに見られてたんですよね……恥ずかしい…死にたい…』

「待って待って!キャラがなんか環先輩みたいになってるけど!」

「おおお、落ち着いて下さい!あの時は状況も状況だったし、ただ何となく、普段から二人が割と意思疎通してる感じもあって、そうなのかなって…」

ズン、と肩を落とす彼女に慌ててそう言うと、俯いた顔が少しだけこちらへと向いた。

『いや……消……相澤先生とは、』

全員が零が明かす真実を、胸をドキドキさせながら耳を傾ける。
しかしその時病室の扉が勢いよく開き、血相を変えて怒りを露わにしている相澤が登場した。

「おい零ッ!お前まだ安静にしてなきゃいけない状態なのに何勝手に動いてるッ!」

『ひゃあっ!こ、こわっ……!』

零が小さく悲鳴をあげて、一番近くにいた自分の背中に隠れるように逃げ込んできた。

「ったく、お前はいつも目を離すとすぐこれだッ!毎度毎度俺の気にもなれッ!」

「まぁまぁ、そう怒らんと…」

ファットガムが彼を宥めようと間に入ろうとするが、彼の“黙っててください。”の一言に圧倒され、身を縮める。
そんな間に頭ごなしに怒ってくる相澤に、彼女がムッとして反発し始めた。

『消太さんはいつも心配しすぎなんですよ!それに私、もう平気だし……』

「…そんなボロボロの体でどこが平気だ?」

『確かに出血量が多くて危なかったですけど…手当さえしてしまえばこんな傷、正直今までの傷に比べれば大したことないです。ちなみに今日退院するって、さっき医者に話してきました。』

「おまっ……また勝手に……!」

しれっと話す零に更に怒りを増して相澤が近寄ろうとすると、彼女は更に身を縮こませた。

しかし自分を含め皆からすれば、普段澄ましている二人がまるで子供のケンカのような会話をしているのがあまりにも新鮮で、正直開いた口が塞がらなかった。

そんな最中、ふと一つの勘が湧き上がった。
彼女にとって、ただでさえ人との交流を得意としない。
更に病院とあらば、個性を気にせず接してくる人は多いだろう。
だからこそ、ここにいる方が心が休まらないのではないだろうか、と。

自分に触れないようにそっと背後に立つ彼女をしばらく見つめ、その手を握ってみた。

『…え?どうして分かったの?』

心の中で今思ったことを尋ねてみると、彼女はそうこぼして不思議そうに見つめた。

「何となく。相澤先生の言うことを基本聞く零さんが、そこまで頑なに嫌がるのってそうかなって…。」

「「「……?」」」

「相澤先生、僕も零さんは僕達と一緒に退院した方がいいと思います。」

「お前まで何言って……」

「治崎の件で、零さんが敵に狙われる可能性も分かったんです。病院に預けておくよりは、雄英高校の寮で安静にしてた方が安全だと思いますけど。」

「………………。分かった。そこまで言うなら、寮に帰ってからはこいつが無茶しないよう、お前がしっかり見張れよ。」

「……っ、はい!」

どう考えても納得していない様子ではあったが、相澤も思うところがあるのかそれ以上強くは言わなかった。
そしてそのまま、手続きを済ませてくると言って彼は再び退室して行った。

相澤がようやく退場したことにふぅ、と胸をなでおろした零は、小さな声で礼を述べた。

『……緑谷くん、ありがとう。』

「気にしないで下さい。こんなこと、零さんが僕にしてくれたことに比べたら、全然足りないくらいですけど…。」

『ううん…充分だよ。』

そう返す彼女に、今こそ自分の気持ちをしっかり伝えようと決め、その優しい瞳を見つめて凛とした声で告げた。

「零さん……あの時庇ってくれて、ありがとうございます。それから……僕はこれからも零さんともっと仲良くなって、一緒にいたいです。」

手を握りしめたまま、心の声とともに必死に伝えた。
彼女の個性を知ったところで、触れる事なんて恐れないこと。
そしてこの個性を含めて、人々を救う“朧”というヒーローだと認識している事を。
零は躊躇なく触れたことに驚いたのか、それともその言葉に驚いたのかは分からなかったが、ぎょっとしてはやがて穏やかな表情を浮かべた。

『……ありがとう、“デク”。』

そう感謝の気持ちを述べた彼女の顔は、確かに微笑んでいた。

思いは伝わった。
あの日の夜からずっと言いたかった事。
彼女がこうして生きていてくれて…やっと自分の思いが言えて本当によかったと思う。

しかし彼女が去った後、結局二人の関係性が聞けなかったことにほかのメンバーは叫びながら歯がゆい思いを噛み締めるのだった。

ーーーおまけ

(くっそー!結局朧ちゃんとイレイザーヘッドの関係はどないなっとんねん!)

(気になる…でもやっぱり、いつもうちらと接する相澤先生とは雰囲気が全然違った…)

(でもさっき、零さんが答えようとした瞬間「いや…」っていう否定をしようとしていたと思うわ。)

(えーっ!どーなっとるんマジで!こんなんじゃ仕事も手につかへん!)

(落ち着いてファット!詳細分かったらメールしますから!)

(…なんだかんだ零さん、人気だなぁ。本人は思ってもいないだろうけど。)


31/38

prev | next
←list