得て、失って
病院に運ばれてから数時間後。
ナイトアイのことを吹っ切った訳では無いが、あの後今までの十八年間分の涙を流したんじゃと思うくらい、泣いた。
そしてその間、いつものようにただ何も言わずに相澤が寄り添っていてくれた。
後になって聞いた話だが、時折緑谷や切島、蛙吹や麗日も心配になって病室を覗いてくれていたらしい。
気づかなくて申し訳ない。…いや、それどころか号泣して相澤に泣きついていた情けない所を見られていたと思うと恥ずかしくて死にたくなった。
零はそんな事を考えつつも、ある人の病室へと足を運んでいた。
ナイトアイが最期に自分に託した、彼の元へ。
扉の前で足を止め、大きく深呼吸をしてノックを二回する。
ドアを挟んだ向こうで“どうぞ。”と返ってきた声を耳にし、ゆっくり開けた。
「あなたはっ……!」
思わぬ来客だったようで、酷く驚いた様子を見せる。
病院服を着ていても手当の傷が露骨に出ていて、彼の闘った爪痕がくっきり残っている姿に眉を下げた。
『おはよう、ミリオくん。少しいいかな。』
彼は動揺しつつも、慌てて椅子を用意してくれた。
その気持ちを素直に受けとり、腰を下ろす。
なぜここに来たのか不思議に思っている彼をじっと見つめ、ゆっくり口を開いた。
『こうして話すのは、初めてだよね。私は服部零。隠密活動を中心としたヒーロー、“朧”でもあります。』
「…あなたが八斎會に捕われた時、サーとイレイザーヘッドから、大方の素性は聞きました。今は、雄英高校に身を置かれている、とか。」
『そう。雄英高校が少し前から全寮制に加えセキリュティを強化する方針になった影響でね。緑谷くんたちがいる1-Aを中心に護衛してるんだ。』
そう返すと、弱々しい声で“そうですか…”と彼は零した。
今目の前にいる彼が、平然を装っているのは目に見えて分かっていた。どのヒーローよりもナイトアイを最も慕っていたと言っても過言ではないだろう。
それだけに、心負った悲しさは他の人と比では無い。
しかしナイトアイがこの子を立派なヒーローになっていると予知したからこそ、彼の意志を受け継いだからこそ、この少年を支えなければいけない、と改めて感じた。
『ミリオくん。わたしの個性ね、ナイトアイの個性に少し似た類でね。…触れた人の心の声を読む個性なんだ。』
「えっ…?!」
『だからあの時、ナイトアイの手を握って彼の心と会話をしていた。君のことを酷く気にかけてもいたよ。』
「……っ、」
『そして私は託された。ナイトアイが居なくなってしまった今、彼の代わりに君が立派なヒーローになるのを見届けなければいけない。』
「零、さんが…?」
彼の大きな瞳が更に見開く。
驚いた様子をじっと見つめたまま、話を続けた。
『だからこれから先、君がヒーローになるためにもっと強くなりたいと願うのなら。ナイトアイのように上手くは出来ないかもしれないけど、私もできる限りの手助けはする。彼の頼みだからって言うのももちろんあるけど、壊理ちゃんを助け、私も救ってくれた君の強さに、私もかけてみたいと思ったから。』
「そんな…俺はただ必死で…」
『人を助けるために必死になれるのは、ヒーローの素質として最も重要な事だよ。君にはそれがある。それに強い願いと目標があれば、個性なんか関係なしにヒーローになれるよ。現に私の個性は、あまり戦闘向きではないしね。』
「なんか、零さんが言うと真実味があるな…。実は…俺からも、お願いしたいと思ってました。」
『…ん?』
「さっき、イレイザーヘッドが俺の所へ来て話してくれたんです。個性をなくしてしまった今、個性がなくても闘える程の強さを身につけたいか?って。」
『……』
「体術を鍛えたいのなら、俺の最も信頼する師を紹介する。そいつは闘うために特化した個性は持っていなくともヒーローになった。幼い頃から鍛錬を積み、生身の身体で敵と戦える力を持ってる。そう彼は言ってました。それって、あなたの事ですよね?」
ギラギラとした輝いた瞳が真っ直ぐこちらに向く。
なんて返したらいいのか分からなかった。
正直名指しをされた訳では無い。
けれど、話の内容からするに自分の事を言われているような気はした。
「零さん…。俺を鍛えて貰えますか。こんな俺でも強く…なれますか?」
『…なれるよ。ただ、その…それを承諾するには二つ断っとかないといけないことが……』
「……?」
気まずいが故に、目を逸らして苦笑いをうかべる。
しかし彼と関わると腹を決めた以上は、ちゃんと話さなければいけない事実だ。
再び覚悟を決めて、背筋を伸ばして話し始めた。
『一つは…私その、体術とかそういうの人にあまり教えたことがないから、手加減できるかどうか…』
「あぁ、その事ならイレイザーヘッドも話してたので、腹を括ってますよ。大丈夫です。」
ケロッとした彼に、少し不安を抱いた。
本当に大丈夫かな…。
あの消太さんでも個性なしで手合わせした時、吐いたけど……。
そう心の中で思うも、曲がることの無い強い意志が伝わってくる以上、何も言えなかった。
「それでもう1つとは?」
『あぁ……、それはさっき言った私の個性なんだけど…人の心を読む個性。実はコントロールが未だに難しくて、無意識に読んでしまうことがあって、その……気味悪いとか、嫌だなとか思うなら……』
「なんだ、それも心配無用。大丈夫ですよ!!」
『……え。』
これを話すのに、どれだけ心構えするのに時間を費やしてきたか分からない。
むしろ今まで生きてきて、この話を人にするのが一番懸念してたし、この理由で人から距離を置かれてた訳であって…
それをあっさり、大丈夫って、え……?
頭の中が混乱する。
しかし彼はもう一押しするかのように、大丈夫っ!!と大きく叫んだ。
「俺は別に心を読まれても、なんてことはないです。それに今の話でサーが以前、少しだけあなたの話をしていた事を思い出しました。」
『私の話?』
「笑い方を知らないヒーローがいる。その人は人と関わる事を拒み、決まって孤独の道を選択するんだ。……でもそれは、自分が他人を傷つけてしまうのを一番恐れているからで、本当は思いやりのある優しい人なんだと、言っていました。」
『……っ、』
「あなたのことでしょう、零さん。そんな話をする時、決まってサーは優しい顔をするんです。人の心を読む個性……確かに無意識に悟られてしまうと、相手も嫌な気分になる場合もあるし、自分もその人の本心を知って傷つくこともある…。人間関係を築くには、結構辛い個性ですね。」
『……うん、』
「本来あなたは、個性すら無闇に明かしてはならない立場のはず。でもそんなあなたが、サーの残した言葉のために……俺のために一本踏み出して関わろうとしてくれているんです。その覚悟をねじ曲げるような事なんてできないし、何より俺は単純だし馬鹿だから、読まれてもなんて事ないです。むしろこっちが恥ずかしいくらいだね!」
ぐっと親指を立てて得意げに言う彼に、思わず唖然としてしまった。
けれど何秒かかかってその言葉の意味をようやく理解し、噛み締めた時。
自然と顔が緩んで、彼の優しさを嬉しく思った。
「…零さん…」
『……え?』
「わ……笑えてますよ!!いま、笑えてる!」
『ほ、本当?!』
「俺、零さんに修行してもらう代わりに、あなたをいっぱい笑わせれるよう頑張りますね!!」
『……ありがとう!』
ミリオと話が纏まったところで、彼の部屋をあとにした。
ナイトアイを失ったことで生まれた傷は大きい。
けれどそれをひっくり返すように、彼は自分にたくさんのものを残してくれた。
前に一歩進もう。
彼がきっと見てくれている。支えてくれる。
そんなことを思いながら、また別の病室へと向かうのだった。