得て、失って


ーーー

“嫌な予感”というものは稀にあたるというが、まさに今がそうだった。

突然意識が回復し、気を失うまでの経緯が走馬灯のように頭の中で流れ、気づけば身体を起こして向かいだしていた。

なんの根拠もないが、ナイトアイが隣にいるような気がして。身体中に纏わり付く医療器具を引っペがして体を引きずりながら歩き出した。

“そんな体で動いたら死ぬわよ、この子!”

“まだ危険な状態なのに、どこへ行こうって言うの!”

“早くベッドに戻さないと……!”

自分を引き留めようと体中に触れる看護師たちの心の声が、頭の中で響き渡る。

皆が必死に動きを止めようとするのを振り払うため、敢えて強い口調で無理やり遠ざけた。

『離してくださいッ!私に触らないでッッ!』

そう言って看護師たちの気を動揺させている間に、何とか扉を開けた。

最初に映ったのは自分と同じように治療を施されているナイトアイの姿で、それを見た矢先全身の血がサッと引いていくような感覚を覚えた。

彼の周りにいるオールマイトや緑谷たちが、絶望に伏している様子は、彼がもう長くは持たないという嫌な予感をより確信へと導く。

『ナイト、アイ……』

弱々しくその名を口にすると、彼の顔がこちらに向き、消えそうな呼吸と虚ろな目を確認した。

早く彼の側へ寄りたい。声が聞きたい。

そう思うも身体が思う様に動かず、その場で崩れ落ちそうになった。

が、その寸前ふわりと身体が浮いたような気がした。

「大丈夫ですか?零さん。」

『緑谷、くん……』

「ナイトアイの所まで連れて行きます。」

『……ありがとう。』

彼は何も言わず、ボロボロになったこの身体をナイトアイの所まで運び、極力負担をかけないように優しく下ろしてくれた。

「…零。また無茶ばかりして…」

顔を見た第一声にそう呟く彼を見て、胸がギュッと締め付けられ、一瞬で視界が涙で滲んだ。

『ナイトアイ……ッ、お願い、生きて下さい。私はまた、あなたと一緒に仕事がしたいんです。先にいなくなるなんて、嫌ですよ……』

自らが驚くほど零れた声は弱々しく、気づけば頬からぽたぽたと涙が零れ出していた。

ナイトアイはそんな自分を見て僅かに目を見開き、震えた手をそっと目の前に持ってきた。

「……驚いた。君が私のために涙を流すなんてな…すまない。もう声が上手く出せなくて、ね……最期に、私の心を読んでもらえるか。」

『……っ、』

本当に彼がいなくなってしまうというのを、その言動で実感してしまった。

差し出されたその手を力強くギュッと両手で握りしめ、彼を見つめながら心を読み取った。

“零。君に頼みがあるんだ。”

彼の言葉は、そんな冒頭から始まった。

“心残りがあってね。彼…ミリオは私が一番可愛がってたヒーローだ。私がいなくなった後、私の代わりに彼を見守って欲しい。”

そう言われてミリオと呼ばれた男に一瞬目線を向けると、溢れ出る涙を流しながらもじっとナイトアイを見つめていた。
しかし“それから……”と続けた彼の話に集中するため、再び目線をナイトアイへと戻す。

“オールマイトと、緑谷も見守ってやってくれ。彼らも私にとっては、大切な人達だ。”

『……私にはそんな大役ッ…』

ーーできない。
そう言いたかったが、その言葉を必死で飲み込んだ。
なぜならそれを察した彼が、真っ先に否定したからだった。

“君ならできるさ。零は自分の個性を嫌悪しているが、私は好きだ。そして君だからこそ、その個性を人々のために使えると思っている。零は正真正銘、人々を救えるヒーローだ。なぜなら、君は私のために泣いてくれる、こんなにも優しい子だからだ。”

胸が張り裂けそうだった。
そう告げて弱々しく微笑むナイトアイの表情が、涙で滲んでしっかり見る事さえ適わない。

“零、君にもいつか君を救ってくれるヒーローが現れる。そして心から笑える時が必ず来る。だから笑って。私は君の笑った顔を見れるのを、楽しみにしているよ。”

『馬鹿だな……ナイトアイ。』

静まり返った病室の中震えた声でそう零し、俯いた顔を上げて彼に見せた。

『私、笑えますよ?』

“……優しい笑顔だ。君ならできる。頼んだよ、零。”

彼はそう言って手を離し、もう一度ミリオの方へ顔を向け、再び声を出した。

「笑っていろ……笑おう。元気とユーモアのない社会に明るい未来はやって、こない……」

その言葉を最期に、彼は微笑んだまま静かに息を引き取った。

声にならなかった。
目の前で命を落とした家族の時などとは比べ物にならない程、胸が痛くて辛かった。

止まらない涙を拭うことすら適わず、声を押し殺して泣き続けた。
その場に崩れ落ちるように全身の力が抜け、気づけば誰かの腕に引っ張られ、強く抱きしめられていた。
酷く落ち着く懐かしい匂い。
その胸が相澤のものだと知るのは、もう少し時間が経ってからの事だった。


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