得て、失って


壊理の保護及び救出は見事成功した。
しかし、犠牲は軽度では済まなかった。
参加したヒーローたちは近くの大学付属病院へと緊急搬送され、治療に当たっていた。


緑谷出久は診察の途中で相澤に呼ばれ、彼に連れられて別の場所へと向かっていた。

一緒に闘った切島や先輩たちの容態を確認しながらも大事に至らなかったことを聞き、心の中で安堵の息を零した。

しかし。
案内されて着いてきた先は、最も重症患者であるナイトアイと零の病室だった。
入口にリカバリーガールとドクター、オールマイトやバブルガールが絶望たる表情をしながらもこちらの存在に気づき、振り向いた。

「…手の施しようがなく、正直生きているのが不思議なほど…」

泣きじゃくるバブルガールを背後に、ドクターが静かにそう告げた。
リカバリーガールも、あの容態では治癒の個性を使えないと心苦しそうに付け足した。

「そんな…零さん…零さんはどうなんですか?!僕を庇って受けた傷なんです。…なんとか、なんとかならないんですか、リカバリーガール!!」

「むしろあの子の方が、私の力じゃなんともならないよ。」

リカバリーガールは更に悔しそうに顔を歪ませた。
それを見た矢先、後方にいた相澤の手が肩に乗せられ、振り返った。

「アイツは元々一般的な治療しか受けられないんだ。リカバリーガールと同様、治癒能力が使える個性を持っているからな。」

「治癒能力が使える…個性?ど、どういう事ですか?」

その時、治崎が言っていた言葉を思い出した。
個性を無効化する能力を持っていると話していた事だ。
彼女はいったい、いくつ個性を持っているというのだろう。
まるでオールフォーワンのように、いくつもの個性を手に入れる事ができるとでもいうのだろうか。

頭の中が混乱するもじっと相澤を見つめると、彼は小さく息を吐いて説明を始めた。

「お前はもう知ってるみたいだから粗方話すが、アイツの個性は“結界”と“読心”の二つだ。
そして最も厄介なのは、実は心を読む個性の方ではなく結界の個性の方なんだよ。」

「結界の個性…僕も以前助けられた時、その個性で強力な防御結界を発動してくれました。それがなんで…」

「あいつの個性の結界は、古くから継承されてきた服部家の先代から受け継がれた個性だ。当時はお前が言ったように、防御だけの結界だったが…受け継がれていく個性が成長を遂げて、今のあいつに継承された。ある一定の攻撃まで耐えられる“防御結界”、そして俺と同じ個性を消す“無効化結界”、そしてもう一つが、結界の中にいる者の傷を治す“治癒結界”だ。」

「無効化…治癒…?!」

なんて凄い個性なんだと、不謹慎にも感じてしまった。
しかしそれを説明している相澤の顔も、その個性を知っている者の顔も、誰一人その話に誇るような表情をするものはいなかった。

「強力な個性ほど、使えば反動は大きい。人の心を読む個性はあいつの精神を傷つけ、結界の個性は使えば使う程、アイツの体を蝕んでいくんだ。」

「そ、そんな…!!」

誰もが俯き、歯を食いしばった。
それならば彼女は自分を庇った時も、壊理の個性を消して助けてくれた時も、全部こうなる事を分かっていて力を駆使してくれたとでもいうのだろうか。

彼女を守るつもりでいて、彼女に守られてばかりだ…。

心がぎゅっと締め付けられ、頭を鈍器で殴られるような衝撃を受けた。

そして医師は続けた。

「彼女は…精神的なダメージを酷く感じると身体に影響が出るようになってしまっています。薬で一時的に抑えるようにしてはいますが、正直いって荒治療です。本来ならばカウンセリングなどを受けて克服するべきですが、彼女の抱えている問題では一般的な精神科医では手に負えません。もし今回意識が戻り回復しても、彼女の個性は年々余命も短くなるほどの負担です…このままいけば、あまり長くは持たないと考えた方が…。」

「……っ、なんとかならないんですか!!」

医師の発言に素早く食いついたのは、他でもない相澤だった。
普段あまり取り乱すことの無い彼が、医師の肩を掴んで必死な様子でそう尋ねる様子は、彼女を大切に思うが故に余程動揺しているのがうかがえる。

医師は少し間を置いたあと、彼から目を逸らして静かに返した。

「口で言うのは単純です…要は彼女の精神面を安定させればいいんです。ただ、隠密ヒーローたる立場ですので、どこまでできるかは分かりかねますが…。」

「そう、ですか…」

「それともう一つ期待を持たせる話があります。実は精神科の先生にも立ち会ってもらって少し確認してもらったんですが……服部さんに最近環境の変化がありましたか?」

「環境の変化…?」

そう言われて、彼女が雄英高校に来た事ではないかと悟ると、ほぼ同時にそれに気づいた相澤とオールマイトと目が合わさる。

どうやら心当たりがある様子ですね、と医師は呟いて小さく笑った。

「その環境の変化が、彼女にいい心の変化をもたらしている傾向のようです。上手く行けば、回復に向けられるかもしれません。」

「……保護者代理として、全力を持って対処します。」

彼女を最もよく知り、最も深い関係性にある相澤が凛とした声でそう返す。
その時自分も彼と同じように、彼女の心の負担を少しでも無くそうと、心に誓ったのだった。



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