得て、失って


一度は痛みで気を失ったが、闘いで生じる揺れや大きな音で、再び目をこじ開けた。


頭上にはリューキュウのドラゴンの姿、そして左右には麗日と蛙吹の緑谷と治崎の闘いを見守る不安げな表情をした姿と、致命傷を負ったナイトアイの姿があった。

『……っ、ナイトアイ……!』

慌てて起き上がろうとするが、再び痛みが全身に走り思わず顔を歪ませる。

「零さん……!大丈夫ですか!?」

ぐらり、と揺れ落ちそうになる身体を、咄嗟に麗日が支えてくれた。

「動いちゃダメよ、朧!」

『今動かずにいつ動けって言うんだ……!』

「ダメよ零さん!あなたも出血が酷いのよ!!」

『私はいいって言ってるだろっ!ナイトアイ、早く治療を……!』

止めようとする三人の手を払いのけてナイトアイの元へ寄り添い、手をかざす。
さっき意識を失う前に緑谷の心の声が頭の中で流れたという事は、個性はもう使えるようになっているはず。正確な時間はよく分からないが、治崎に打たれた薬を打ってから1日が経ったのだろう。
せっかく元に戻った個性を…治癒結界が使えるようになった今、彼を助けられるかもしれない。

例え自分がどうなってもいい。彼だけは助け出したい。そう思っての行動だった。しかし、ボロボロになったナイトアイの手がこちらの腕を弱々しくつかみ、妨害されてしまった。

『な、なんで…』

「やめてくれ、朧。結界の力を使おうとしているんだろう…」

『だ、だって今やらなきゃあなたが……!』

「君の持つ結界の個性の中でも、治癒を駆使するのは最も体に負担がかかり、反動が大きい。今のようなボロボロの体で君の強力な個性を発動したら、君が死んでしまう。」

「「「えっ…?!」」」

『……っ、』

ナイトアイの虚ろな瞳が、こちらを見つめる。
弱々しい呼吸と心拍が、自身の腕を掴む彼の指先から伝わってくる。
体温が徐々に下がっていき、ひんやりとその冷たい手は、彼の生命がいかに危ういかを物語っていた。

ーー嫌だ、嫌だ。
死んで欲しくない。この人を失いたくはない。

『お願い…私を信用してくれたあなたを…私は、死なせたくないんです……』

「私だって、お前を死なせたくないよ。言ったろう。この前の君を見ていて、殻を破ろうとしている君を見届けたいと。」

優しく微笑むナイトアイの顔を見て、なお胸が締め付けられた。
この人はいつもそうだった。

僅か十三歳でプロヒーローになれば、それなりに世間の目は冷たいし、最初はまだ子供だと言って、誰も信用などしてくれなかった。
そんな中で最初にナイトアイから依頼を受けた。口数は少ないし酷く厳しくて、失敗など以ての外だった。それでいて成果をあげれば、ちゃんと褒めてくれる優しい人だった。

そんな彼の影響力は、ヒーロー業界にとって驚くほど凄かった。
あの平和の象徴と言われたオールマイトの相棒を務めただけあって、人望も信頼もあつく、彼が自分を何度か使ってくれたおかげで、ヒーローとしての依頼が急激に増えたのだ。

そして何より、自分の個性を嫌悪するどころか、強くて素晴らしいと認めてくれた。
紛れもなく、大切な人だ。

「そんな顔をするな…。大丈夫だ。…君の個性はここぞと言う時に取っておいてくれ。…緑谷が、全てを背負って闘ってくれているんだ。未来のために…私が見た未来をねじ曲げようとしている彼のために、頼む。」

『……っ、』

彼の言葉に、何も言い返すことは出来なかった。
緑谷がこの現状から未来を切り開いてくれる道を作ってくれるなら、そのためにこの力を使って欲しいという強い意志が、心の中の声からも頭に伝わってきたからだ。

ここまで言われて今この力を使えば、きっとナイトアイは二度と自分のした事を許してくれないだろう。
それならばせめて、彼の見届たいものを…。緑谷と治崎の闘いを見守るために目線を変えた。

空中で大きな三つの力が衝突し合っている。その大きな力は、数メートル離れたここでも体にピリリと緊張を走らせるほどのものだった。

特に緑谷の個性の力は、どういう訳か今まで見てきたものと比にならない。
壊理を背負った状態で闘っている事で、彼の個性に影響が出ているのかもしれない。

冷静に分析しつつも空中で二人の戦闘が行われる中、ただただ心の中で祈り続けた。

緑谷を…壊理を…どうか勝利に導いて欲しい、と。
それからわずか数分後、ナイトアイが抱いた希望の通り、一人の少年がこの戦いに終止符を打ってくれたのだった。


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