得て、失って


サー・ナイトアイは前方に立つ治崎を睨みつつ、奴が放った言葉に動揺を隠しきることができなかった。

ーー零がこの超人社会を恨んでいる。治崎の考えに賛同しているということか?

確かに彼女が自分の持つ個性を嫌っているというのは知っている。
世の中には自分の個性を誇りに思う者もいれば、なぜこんな個性を持ってしまったのだろう、と卑見する者もいる。
彼女は間違いなく後者の方で、個性があるこの社会に生まれてしまったからこそ、その特質と環境上、忌み恐れられる存在になってしまった。
もし奴の言う通り彼女がこの世界の崩壊を望んでいて、自ら敵についていく選択をしていたとしたら…。

そう嫌な予感が過ぎるさ中、治崎の言葉を真っ向から否定する言葉が後方から飛んできた。

「ふざけるなっ!!零さんは…隠密ヒーロー“朧”は例えこの社会を恨んでいたとしても、お前みたいな卑屈な考え方はしないっ!!」

「…!!」


思わず振り返ると、緑谷が気を失った彼女を大切に抱えてこちらを睨みつけ、奥歯を噛み締めていた。

「貴様のようなガキがそいつの何を知っている。朧はそこらのヒーローとは違う。一歩前へ踏み出せば敵の志向と同じだ。この社会を恨み、ヒーローだの平和の象徴だの言っている社会を、本当は壊したいと思っている。そりゃそうだよなぁ。輝かしいヒーローが個性をアピールしているせいで、零の個性は比較されて悪質なものだと捉えられる。他の連中とレベルの差が違いすぎる程強力な個性を隠さなければいけないせいで、今までのような残酷な人生を歩んできたんだから。」

「…貴様っ!」

まるで彼女の歩んできた人生全てを知っているかのような口ぶりに、悔しさあまり額から汗が流れ落ちた。
しかし奴の言う事は一理あった。
この世の中では個性が、人間性を左右させる。自分の予知能力の個性も随分チート級だの言われたことがあったように、読心も似た性質だ。
そして彼女は、代々継承される服部家に生まれたという事。そしてその個性とは別に服部家の中で最も強力な個性として認識されていた“結界”の個性が、より成長した状態で受け継いでしまった事が相重なってしまい、酷く辛い過去を背負っている。

朧が背負う心の傷を…闇知っている程、治崎の言葉は重く感じた。

零は本当に助けを求めているのか。
本当は治崎の持つ個性を消す薬の存在を知って、抱えてている闇に光が差したのではないのだろうか。

そんな思考が頭の中に過り、治崎が仕掛けてくる攻撃を避けるのに動きが鈍くなる。

しかし後方にいる緑谷が再び、奴に向かって叫んだのであった。

「お前こそ、朧の何を知ってるっていうんだっ!!!」

「…っ、!」

「この人はっ……自分が辛い人生を歩んできたからこそ、人に優しくできる。確かに生まれ持った個性で心に深い傷を負ってるけど…でも、ヒーローになってその力を人々のために使うおっていう強い意志のもとで今の朧がいるんだっ!彼女は今だって個性と…今まで歩んできた過去とも戦い続けてるじゃないか!お前なんかと一緒にするなっ!!」

ーー《案外人と関わるのもそんなに悪くないものだと、最近少しだけ思うようになりました。》

緑谷の感情的な言葉を耳にしたと共に、彼女と久しぶりに再会した時の記憶が頭の中に流れ込んだ。

そうだ。今回の件を彼女に頼んだ時も、以前とは違う様子だった。
決して感情を表に出す事のなかった朧が。人との接触を極力避け続けていたあの朧が、久しぶりに再会した時、そう言っていたではないか。

不覚にも自分の方が付き合いが長いというのに、いつどこで知り合ったかもわからないが、緑谷の方が彼女の事を知ろうとし、よく見ている。

無意識に口角に笑みを浮かべ、一方的に打たれていた攻撃を避けながらも今度は反撃を打った。

「なにっ…!」

「彼女の事を知ったふうに語るな。朧は貴様が知るよりもはるかに強い子だ。そんなねじ曲がった考えはしない。彼女を過酷な人生に導いた個性を人のために使う決心をして、ヒーローとして生きている…!そんな彼女の明るい未来を切り開けるのは…彼女本人だけだ。」

状況も態勢も何か変わったわけでもないのに、心にかかった霧が少しだけ晴れたような気がした。

後方を確認すれば、緑谷がこちらを見て小さく笑みを浮かべ頷く様子が見えた。
再び背中を向け、彼らがこの場から離れられるように時間を稼ぎつつ、治崎を倒すのが最善のルートだ。

「零と壊理を返せぇぇっ!!」

感情的な声と共に、治崎の攻撃が激しさを増す。
個性を発動しつつも一つ一つの攻撃を避け、1コンマ1コンマ先を視るその先の未来にかけた。

ーーしかし、実際に見えた予知は思いもよらぬ真っ赤に染まったものだった。



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