得て、失って
轟焦凍は仮試験講習を受けながらも、時間さえあれば何度もスマホの待ち受け画面を見て思い詰めていた。
零にメッセージを送ってから二週間近くの月日が流れようとしている。
彼女が生まれ持った個性と、服部家に生まれた定めとして諜報活動を中心としたヒーロー活動を行っている事は知っている。危険な仕事の中連絡を取ることが出来ないのだろう、と何度も自分に言い聞かせた。
しかし、それでもどこか胸がざわついた。
「……き、……ろき、おい、轟!!」
大声で名を呼ばれてハッとする。
講習中だというのに上の空だった。
「おい、なんだよさっきから呼んでるのに。せっかくコミニュケーションとろうとしてんのに、酷いじゃないか!」
そう声を荒らげて言う男は、腰に手を当てて自分を見下げた。
夜嵐イナサ。
仮免試験の時に、過去のいざこざがあって共に不合格となった士傑高校の同じ一年で、なぜだか講習を受ける度に軽く喧嘩腰で話しかけてくる。
いや、彼にとってこれが通常の在り方なのかもしれないが。
「…悪ぃ。ちょっと考え事してた。なんか用か?」
「仮免試験落ちたのに随分余裕っすね…。何か悩み事か?恋か?!恋なんすか?!」
「いや、よくわからねぇ思考だな…。そんなんじゃねぇよ。」
そもそも恋だの、愛だの、よく分からねぇ。
ただただ、零の事が心配だった。
ようやく少しだけ彼女の事を分かった気がしたし、一歩近づけたような気がしたのに、あの日が最期だったなんて事にはなってほしくない。
まだこれから仲良くなって…
仲良くなって…その先は、なんだ。
心の中で自問自答し始める。
すると隣にいた夜嵐がこちらに聞こえるように大きくため息を零し、いったん中断せざるを得なかった。
「…そういや、恋っていやぁ。俺あんたに聞きたい事があったッス。」
「なんだ。」
「仮免試験の時にいた、白髪で色白のコスチューム着てた人いたじゃないですか!」
「……いたな。」
「あの人、雄英高校の先生っすか?!」
「いや、教師じゃねぇ。」
「えぇっ?!じゃあ生徒さんっすか?!でも、試験の時にはいなかったっスよね?!」
「アイツは既にプロヒーローだ。訳あってうちのクラスの護衛で引率みてぇになってる。」
「マジっすか!?すげぇ!でも見たことないな…。で、恋人とかいるんすかねぇ!」
「……知らねぇ。っていうか、なんでそんなこと聞く。」
上の空になる要因でもある彼女のことをタイミングで、しかも無駄に目を輝かせて興奮している夜嵐を見て、思わず眉をしかめる。
「いやぁ、恥ずかしい話ああいうお淑やかで品のある女性、俺の好みっス!だから轟、紹介してくれ!!!」
「断る。」
頭を深く下げて頼み込む夜嵐に、冷たい声であしらう。
バッとあげた顔はショックと共に「なんでだっ!!」と言いたげなのが露骨に表れた彼は、嘆きの言葉を吐き出した。
「即答かよ!聞くだけ聞いてくれてもいいじゃんか!」
「ダメだ聞かねぇ。」
「…なんすか、それ。」
不貞腐れる夜嵐を見て、自分が何故そこまで頑なに拒むのか不思議に思った。
確かにそこまで断る理由があるのだろうか。
いやしかし、彼女だって今はそれどころじゃないはずだ。
それに何より、彼女が今どこで何しているのかすら、無事でいるのかすら分からない。
複雑な思いが絡まりつつも、結局諦めの悪い夜嵐にしつこく付きまとわれてその日は終わった。
ーーーーー
数日後。
インターンに参加している緑谷と昼食を一緒にした。
ここのところ、何か思い詰めた様子で彼も上の空でいる事が多い。
爆豪が同じインターン組である切島に理由を尋ねていたが、固く口留めされているようで教えてはくれなかった。
彼らはきっと、何か大きな問題を抱えている。
そしてその中でも緑谷は特に重症な様子で、飯田の友達思いな発言を聞いて涙を流していた。
寮に戻った後、周囲に誰もいない事を確認して緑谷の部屋を訪ねた。
ノックした後すぐに出てきた奴の表情は、やはり昼に見たときと同じだった。
「…少し話がしてぇんだけど…いいか?」
「え、僕に?いいけど…。」
少し動揺しながらも、彼は部屋に招いてくれた。
緑谷の部屋は壁から棚の中の隅々までオールマイトのグッズでいっぱいだった。
もしこんな部屋をうちの親父が見たら発狂するだろうな…なんて無意識に考えつつも静かに腰を下ろした。
「轟くん、どうしたの?急に改まって…」
「いや、他の連中に聞かれたくなかったからな…。話すならお前んとこに来ようと思ってた。」
前振りの言葉に、彼は息を飲んだ。
「…零。今回のインターン先の件と何か関わってるのか?」
「えっ…?!」
真っすぐに緑谷を見つめる。
正直なんの根拠も確信もない。ただの勘と言ったら、そうなのかもしれない。
彼女の実力がどれほどなのかは分からないが、相澤やオールマイトから信頼を買われていて、尚且つ諜報活動ができるということは、やはりそれなりの実績を積んできているということは間違いないだろう。
そんな彼女が任務遂行に時間をかけているとなれば、かなり大きな案件に関わっている、という仮説にたどり着いた。
そして偶然にも、プロ資格を会得していないインターン組である緑谷達をも巻き込む活動があるとなれば、彼女もそこに関与しているのではないか、という考えに至ったわけだが。
どうやらその推測は、少なからず的をえてる部分はあるらしい。
目の前の緑谷は酷く動揺した様子が何よりもの証拠で、こちらの視線から目を逸らしては慌てて首を振り、あくまでも否定した。
「ち、ちがうよ!だって零さんは他の任務にあたってるって…前相澤先生が言ってたじゃないか!」
「…絡んでるんだな。」
「…っ、」
もう一度強く言い切れば、押し黙った。
瞬時に見せる悔しそうな表情。血がにじむ程強く握りしめる拳。
下唇が切れてしまうほどぐっと噛みしめ、その場に俯いた。
緑谷のその反応が、何よりも確信へと導いた。
「その状況だと、どうやらアイツはあまりいい状態じゃねぇっぽいな…」
「ご、ごめん…本当に何も言うわけには…。」
「いや、俺の方こそお前の気持ち組んでやれなくて悪い。ただ、知りたかったんだ…。アイツがどこで何やってるか…連絡送ってから音沙汰なしでもう二週間経つから気が気じゃなくてな…。」
誰にも零した事のない気持ち。
緑谷なら、聞いてくれると思った。そして最初から彼女を知っていた彼だからこそ、そんな気持ちを吐き出す事ができたのだと思う。
しかし、彼女の行方が大方分かったとはいえ、本人が無事なのかどうかすら分からない状況は変わっていない。
「…今になって、仮免試験を合格できなかった事を死ぬほど後悔してる。」
「轟くん…」
「零が危ねぇ目にあってるかもしれねぇってのに…助けに行くどころか、どういう状況なのかもわからねぇ。肝心な時に何もできねぇのが、一番悔しい。」
今度は自分が強く拳を握り締め、奥歯をぐっと噛みしめた。
あの何もかもを自分で抱え込んでしまう彼女を。
強がっていても、本当は弱い部分も持ち合わせている彼女を、この手で救えたのならどれほどよかっただろうとさえ思う。
「…轟くん。全部は話せないけど…」
自分を追い込んでいる最中、震えた緑谷の声を耳にした。
「零さんは、僕が必ず連れて帰ってくるよ。」
揺るぎのない、真っ直ぐな瞳。
震えてはいるものの、強い意志と志が表れた声。
その一言で、全てを察した。
他のヒーローに固く口を閉ざされているも、連れて帰るという約束をしてくれた。
そして同時に、連れて帰るという表現を使ったのには、深い意味があるのだと悟る。
恐らく彼女は今、少なくとも緑谷たちと共に行動をとっていないことになる。
それでも今はただ、自分に出来ることは緑谷を信じて待つ以外はない。
「…頼む、緑谷。」
「うん。絶対約束するよ。…だから轟くんは、仮免試験頑張って。」
「わかった。」
そうだ。
今自分に出来ることは、彼女の帰りを待つこと。そして、一歩よりそえるように次の仮免試験を合格しなければならない。
思い悩んだ末に、緑谷の言葉を信じ待つことを決意した。
この日を境に、スマホの通知画面を確認することをやめにした。