得て、失って


壊理と会話をしてから数十分後、八斎會の組員らしき人物が姿を現し、彼女を連行していった。

部屋に一人きりになり、ようやくそこで大きく深呼吸をして全身の力を抜き、状況の整理を始めた。

まず彼女から得た情報によれば、ここは八斎會組長宅の地下に当たるらしい。
気絶してここまで連れてこられたのは、大方この部屋に来るまでのルートを悟られないようにするためだろうが、個性を使えない以上、奴ら全員の手をすり抜けて逃げようとするなど、やるだけ無駄だ。

元々女という体つきのせいか筋力は備わっていないから、肉体戦では歯が立たない。
普段身につけている、一時的に筋力を増幅させる役割の両手足のサポートアイテムがあればまだ幾分かマシだろうが、それでも素手で勝てるような連中じゃない。
結局ただの何ら変哲のない布切れ一枚の服では、どうする事も出来ないわけだ。

それにしても、まさか本当に個性を壊す薬が開発され、実戦で使ってくるとは思いもよらなかった。
確かな証拠を掴んだ訳では無いが、やはり壊理の血(個性)を使って個性を傷つけ、一時的に機能停止させる薬を奴らが開発しているという推測は、あながち間違いではないらしい。

そして個性を消された自分に目立った外傷もなく、ただ腕を縛って拘束して放置している辺りからして、余程丁重に扱わなければいけない存在なのだということも、自惚れではないが分かった。

一体自分をどうしたいのだろう。

問題はここだった。
殺すような素振りはない。かと言って見逃してれる訳では無い。
仲間にすると言っていたが、正直その気が全くないわけで、体が乗っ取られるか洗脳でもされない限り、まずありえない話だ。

そう思考をこらす中、再び出入口の扉が開き外からの眩しい灯りが目を刺激し、中断させられた。

足音を立ててようやく目の前に現れた人物は、全ての理を唯一知る人物…治崎廻だった。

「ようやくお目覚めか。」

『女の扱いがなってないな。気絶させるにももう少しやり方があるだろ。背中が痛い。』

「むしろそれだけで済ませたことに感謝して欲しいくらいだよ。…壊理との初々しい談話はどうだった?」

『……』

奴も口元に異質なマスクを装着しているが、その先にあるのが薄気味悪い笑みだというのが声で伝わる。

「…それにしても隠密戦闘ヒーローの朧ともあろう者が、あの時は随分余裕が無かったな…。壊理を見て、過去の自分でも思い出したか?」

『……っ、貴様っ!』

こいつ、何を知っている……?

そう疑問を抱くも、つい安っぽい挑発にまんまと乗ってしまい、奥歯をギリッと噛み締めた。

奴は再びにたりと笑みを浮かべ、その陽気な口を開けた。

「そう、あんたは俺のことをよく知らない。でも俺は、あんたのことをよく知ってる。不思議だろ?なぜ知ってるのか。」

『…勿体ぶってねぇで、さっさと教えろ。』

「へぇ、怒ると口調が荒くなるのか。これは新しい発見だ。」

『……』

「そうだな。順を追って話そう。あんたはまだ幼かったからか、覚えてないだろうがな。うちの親父とあんたの父親は、交友関係があったんだよ。」

『……は』

バカを言うな、と言わんばかりの顔が露骨に出ていたと思う。
自分の父は隠密ヒーローを代表とする服部家の当主であり、子供にとっては別人のように鬼のような男ではあったが、曲がりにも世界の平和を守るためのヒーローだったはずだ。
そんな男が任侠一家の八斎會の頭と交友関係にあった、だと?

心が激しく動揺する中、奴は楽しそうに話を続けた。

「立場は違えど、影を生きる存在として互いに共通する点が多かったんだそうだ。俺もあんたの親父さんとは一度顔を合わせてる。その時に、あんたの存在を知ったんだ。」

『私、の……』

「ひどい話だよなぁ。先祖から受け継いだ個性がより強力な物になっていただけで…服部家に今まで無かった新しい個性を生まれ持っただけで、殺すよりも残酷な育て方をするなんてなぁ。」

『……っ、』

「あんたの親父さんは、まだ子供のあんたを酷く恐れてた。いつどのタイミングで刃向かってくるか分からない、と。だからこそ、幽閉して残酷な扱いをし続けた。そしてその絶望たる環境の中であんたは育ち、強さと個性のコントロールを必然と手に入れた。」

『……ろ』

「“こんな個性を持たなければ、父に愛されたかもしれない。”、“個性なんて生まれ持って誕生するような社会でなければ、もっと普通の人生が歩めたんじゃないか。”あんたはそう思い続けてきた。」

『……やめ、ろ』

「この超人社会を恨み、個性を恨み、それでも親という存在を突然失ってしまったあんたは、絶望の中でもがきながらも父親と同じ道を辿るしかなかった。外の世界を知らないから、それしか選択肢がなかったからだ。そうして心が追いつかないまま時間が流れ、今を生きている。」

『やめろっっ!!!』

自分でも驚くほどの大きな声が無意識に出た。
耐えられなかった。
まるで一つの物語を読み聞かせるように、感情を込めながら自分の人生を語る治崎を。
そして奴の口から出たものは、今まで口に出来なかった本心だったからこそ、聞くに絶えなかった。

「…そう怒るなよ。実際あんたは悪くない。個性をより理不尽に使い悪事を働いているような連中や、その強さを見せびらかしている世のヒーローと比べたら、よほど賢明だ。その個性の全てを克服し、道から外れないよう本心から必死に抗って進んでいる。」

『何様のつもりだよ、治崎。』

「個性に溺れている連中と、あんたは違う。あんたはこの社会の病気にかかってない。なぜなら個性など消えてしまえばいいと、誰よりも望んでいるからだろう?」

『くっ……』

「だから俺はあんたの夢を叶えてやる。あんたの個性を消し、個性に縛られない社会を作り出す。だから仲間になってそれを手助けしてくれよ。」

『…ふざけんなよ。知ったふうな口をきくな。だいたい、個性を消すと言っても、永遠に消えるような持続性はないんだろ。』

溢れだしそうな怒りを必死で押しこらえながら、奴を睨みつけてそう尋ねた。
しかし治崎は、いいや。とそれを真っ向から否定した。

「確かにあんたに撃ったものは一時的…一日程度個性が消える程度の威力だ。しかし、研究はもう既に終盤。個性そのものを破壊する薬が出来上がる。」

『なっ……!』

「そのために壊理とあんたは必要不可欠だ。」

『壊理ちゃんの個性をそんなもののために……!』

治崎の顔面を殴りたい衝動にかられ、力任せに腕を動かそうとする。
しかし、強く巻かれた鎖のせいでビクともしない。
悔しさが溢れ、強く下唇を噛んだせいで口の中に血の味が混ざる。

許せない、許せないーー!!

「許せないって顔してるな…。でもあんたは、嫌でも俺についてくることになったわけだ。」

『……んで、』

「自分と重なって見える壊理を放っておけないだろうからな。」

『……っ、』

この時初めて知った。
心を見透かされるというのは、こんなにも相手に憎悪感が生まれるものなのか、と。
そして自分はこの性質を個性として持ち合わせているということに、酷く嫌悪感を抱き、言葉を返す気力すら失った。

ーー“俺にとってはありがてぇ個性だ。”

ーー“言い方は悪いが、喋らなくても俺の心境を悟れるのは正直合理的で有難い。…ただ、その個性を時に重く感じるんなら、俺がいつでも個性を使って消してやる。だからあんまり気を重くするな。”

ふいに頭の中で、自分の個性を受け入れてくれた二人の声が流れ、何故か無性に轟と相澤に会いたくなった。



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